スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「紙」の文化史 (4)

 なつかしいバナーを見つけたので、↑に貼ってみました。

最近作ってもらった物
080714.jpeg
優良商会用・特製ラフカラードレス

セシャトのブーツ
セシャトのブーツ

地理ブーストなんだが、需要がないのか錬金術がネックなのかあまり見ない気がするんです…
これで、エル・パソ自力でいけるぜ!

セシャトはんってのは、エジプトの測量担当女神様(図面屋)の事らしい
でも、見かけは北欧のファーブーツ…まぁ、KOEIらしいっちゃぁKOEIらしい一品である。
こういうのを無頓着に出すのがKOEIクオリティなので、あんまし気にするな


 昨日、一生懸命書いた記事が消えてしまってクリティカルダメージを受けたが、いつまでも嘆いていても仕方ないので、頑張って書き直しましたです!

[More...]

「紙」の文化史 (3)

Chapter4


「Chapter4はインカだけど、どうでもインカ?」


 タイトルネームですが、ストレートに「インカ」もいいんですけど、個人的には"Isla del Sol (太陽の島)"とか格好良かったんじゃないかなと思いました、いやどうでもいいんですけどね。ちなみに、イスラ・デル・ソルというのは"Isla de la luna(月の島)"とともに、インカの宗教聖地であるチチカカ湖にあってインカ帝国発祥の地と考えられていた聖地のことです。

 ちなみにインカ帝国はエスパニアの侵略によって征服されてしまうわけですが、もともとこの帝国自体が、周辺の都市国家に対して超拡大路線をとっていた侵攻国家であることを考えると、諸行無常 盛者必衰とかおもっちまいますな。

 インカの生活や宗教で重要な位置を占めていたのは、ミイラでした。
最初は海岸地方の都市で偶然出来ていたものが、帝国が拡大していくに従って征服を進めるための重要な道具になっていくのです。歴代の皇帝は死後ミイラにされて、生前と同じように家臣たちに傅かれたり行幸を行ったりしました。家庭には、先祖のミイラが祀られていたようです。

 死と生が混在した帝国、それがインカ帝国でした。


 続きは所変わって 古代オリエント地方。粘土板と楔形文字のお話です。

[More...]

「紙」の文化史 (2)

 あまりにもマルコ・ポーロ イベントが酷すぎて打ちのめされました。
ええと、投げっぱなしジャーマン??
今回のライブイベントについての批評は、後日しっかりと書かせていただきます。



 楔形文字といえば、中の人が某国に留学してたとき、たまたまブリティッシュ・ミュージアムでそういう粘土板の研究を専門にされてる方がいらしたことがありまして、粘土の固まりに実際に文字を彫って見せてくれたことがありました。ポケットからとりだした割り箸の親戚(?)みたいなペンを使うのですが、それがまた手慣れているというかめちゃくちゃ速いwww

で、一通りいろいろな文字を彫って見せてくれたあとに、その先生はこう言いました。
「たしかに、いまではこうした文字を実際に使っている人はいないかもしれない。でもね、君たちが、今から5000年後の世界に飛ばされたときに、そこの人たちがアルファベットやチャイニーズ・キャラクター(漢字のこと)などを理解してくれているとしたら、もし本があったとしたら、幾ら周囲の環境は異なっていたとしても、それだけで同じ人間だって思えるんじゃないか?
今から5000年前の人だって、今の君たちと同じことを考えて、同じことをしたり、似たような失敗をしているんだ。文字を読み解くってことは、そうした時間を超えて古代の人々と同じ思いを共有することであり、文字と文字のあいだの時間を味わい知ることなのです」
もうね、しびれましたね。そういうことを、ボソッと言うんですよ、こいつがまたw
あれから何年かたちましたが、いまだにあのときの感動は覚えています。

 今回シュメルに関する部分を書くに当たって、小林登志子先生の「シュメル -人類最古の文明」(中公新書)を参考にさせていただいたのですが、その中にも葦のペンの写真がでていて、そんな出来事を思い出しました。この本もとっても面白かったので、もしこういったシュメル文化などに興味のある方がおられたらぜひご一読するようお勧めいたします。きっと、DOLの考古学系発見物もちょっと違う感じで楽しめると思いますよ。

[More...]

やっぱり借金は返した方がいいと思う…

 こぼれ話を一つ

 イギリス王室といえば、その資産たるやウン兆円と言われている、世界でも有数の金持ち一家である。さて、そのイギリス王室が滞納していた借金 453ポンド3シリング(現在のお金で10万円)を、つい先日チャールズ王太子が支払ったとのこと。それが、なんと350年前の借金だそうだ!

 ところで、このチャールズ王太子が払った借金、いったい誰の借金かというと…1651年にチャールズ2世という王様の作った借金なのである。

[More...]

マルコ・ポーロ

marco_top.jpg


 今回のイベントの主役は「マルコ・ポーロ」らしい。
ちなみに生誕300年を記念ということは、今は1554年ということなのだろうか。
まぁ、イベントの内容については、偽の情報も混じっているものの中から真実と思うものだけを報告するっていうのは面白いと思いますよ。

ただね、その報告の選択が「もう一度話しかけるとこの情報を報告します」っていうのはどうだったんだろう?
情報を得ることが出来る場所が多いのもあって、スゴイ分かりにくいんですが…
普通に、「座長のところでどれを報告するか選ぶ」っていうのじゃダメだったんですかね?
テストプレイでもすればわかることだと思うんだけどなぁ…

 とりあえず、マルコ・ポーロの生涯と「東方見聞録」の簡単な内容について、ささっと殴り書きしてみましたぞ。そのうち時間があれば、きちっと書き直したいところだが…。

ハミルせんせのブログとかぶってた…

 1260年 マルコの親父ニコロと、叔父のマフェロが、コンスタンティノープル(イスタンブール)から、モンゴル帝国の西の端っこにあったハン国の都サライに、宝石買い付けに行く。で、商売をしている最中に戦争が勃発し、来たルートを通って帰れなくなってしまったため、さらに東のブハラに向かう。
 ブハラで3年間足止めを食らっている最中に、丁度この街に来ていたモンゴルの役人から「一緒に来ないか? ウチの王様(フビライ・ハン)は珍しいもの好きだからきっと喜ぶぞ」と言葉巧みに(?)誘われて、1年かけてフビライ・ハンがいる大都(今の北京)にいくことになった。ちなみに、フビライはチンギスの孫に当たり、大ハンと呼ばれている。
で、フビライに気に入られた2人は、帰りの安全を保証するビザ(金牌)をもらいヨーロッパに帰ることになった。その際、フビライから「なんかあんたらのキリスト教って面白そうだな。よし、おまえら国に帰ったら、キリスト教の一番偉いヤツに会って、『適当に100人ばかし見繕って、ウチの国に送りやがれコノヤロー』って伝えとけよ」と命じられる。帰りの旅はモンゴル帝国の後ろ盾もあって順調に進み、1269年にヴェネツィアに帰って来ることが出来た。

[More...]

FC2カウンター

プロフィール

ルクレッツァ・ロッソ

Author:ルクレッツァ・ロッソ


  • 管理者ページ


  • 映像資料室(FLASH倉庫)

    ◆Lucrezia Rosso

    所属商会記録:オトナの商会@アムスてるダム(現)
    アストレア@ヴェネツィア
    猫教団@セビリア
    世界の船窓から@マルセイユ
    たまごのしろ@ナポリ
    いらん子@セビリア

    ◆オペル・ベクトラ

    得意スキルは誤字&誤爆
     (両方 完スト達成!)


    リンクはフリーでございます。こんなブログですが、お気に召していただければ、是非ともお願いいたします。
    また、コメントを残してくださると中の人共々喜びますし、こちらからもビシッとリンクさせていただきます♪

    お約束

    このホームページに掲載している『大航海時代 Online』の画像は、『大航海時代 Online』公式サイトにおいて使用許諾が明示されているもの、もしくは『大航海時代 Online』の有効なアカウントをお持ちのユーザーのみに株式会社コーエーが使用許諾を行ったものです。

    (C)2005 KOEI Co., Ltd. All rights reserved.

    最近の記事

    カテゴリー

    ブログリスト

    BLOG PEOPLE

    ブログ検索

    リンク

    このブログをリンクに追加する

    全ての記事を表示する

    Copyright © ルクレッツァ・ロッソ
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。