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~新・大海戦記念~ イスパニアの栄光と凋落の歴史(1)

鋭気溢れるイスパニアの猛者たちよ。

タベラ枢機卿からのお言葉を伝える。


 というわけで、クラス別実装後初めてとなる第10回大海戦は、イスパニアの攻撃ターンです。

 まぁ、今のまま行くと「静観」になりそうだという噂もちらほら。

 お金がかかるとか、影響度の関係とか、分かるけど公式イベントが大きく仕様変更された第一回目なんだから、そこら辺の雰囲気も考えていただきたいなと思いました。

 どちらにせよ、出ることはないので関係無いんですがw

 そんな感じで、ここ数回はイスパニア特集 スタートです!
 エスパーニャ王国(Reino de España【西】,現在の国名は王国のとれた、España。スペインという呼び名は英語表記)の成立は、1479年までさかのぼります。

 この年、カスティリア女王イザベル1世(Isabel I)と、アラゴン王フェルナンド2世(Fernando II)の結婚により、エスパーニャ王国が成立します。
 1492年1月6日には、イスラム勢力であるナスル朝グラナダ王国の首都 グラナダを陥落させ、悲願であった『レコンキスタ:国土回復運動(Reconquista)』を達成。

ここに、イスパニア統一王国(カスティリア=アラゴン連合王国)が完成するのです。
右がイザベラ女王(たぶん)


 イザベル女王(*1)の功績でなによりも大きい物は、クリストバル・コロン (Cristóbal Colón)の航海に支援を与えたこと。これが後に、イスパニア黄金時代の基礎を築く事になるのです。

 イスパニアの栄光の基礎を築いたイザベル女王は、1504年11月26日 人々に惜しまれつつ53歳の生涯を閉じました。その在位期間は30年、人生のほとんどを祖国イスパニアのために投じて…。
 そして、カスティリアの王位には、25歳の次女フアナ(*2)が就きます。

 フアナの俗称は、「狂女王 フアナ(Juana la Loca)」。
彼女は今でも、悲劇の女王として知られています。
王位に就いた彼女は、母親譲りの芯の強い女性でした。彼女の「王は我のみ(solo yo)」という宣言は有名な物です。

 しかし…旦那が良くなかった orz

 彼女が結婚したのは、神聖ローマ帝国皇帝マクシミリアン1世の長男だったフィリップ。
彼の称号が凄い! なんたって『フィリップ端麗公(Philippe le Beau)』ですから!
(最初の変換が「淡麗港」ってなんだw)

 このイケメン野郎フィリップ君、モテることもあって結婚後も浮気しまくります。
 極めつけは、王位継承者となったフアナと一緒にスペインにやってきたのですが、

「スペインなんて土地は荒れてるし、住んでる人も信心深くて陰気くさい。俺は、スペインの水は合わん! 実家に帰って遊び歩こ~う」

とばかりに、臨月の奥さんを残してフランドル地方(オランダとかベルギーとかあっちの方)に帰ってしまいます。
そういうストレスが原因で、フアナは少しおかしくなってしまいました。

 その上、この旦那。
奥さんがカスティリアの女王になると、のこのこ戻ってきて「自分は、カスティーリャ王フェリペ1世である!」と主張しはじめます。ドウシヨウもない奴だw

200歩譲って、彼に政治手腕があればまだ良かったのですが…
敵対国だったフランスに近づいていくわ、
一緒にやってきた取り巻きの貴族に領地を与えるため、スペイン貴族の領地を取り上げるわ、もう散々…ついには、国内の支持を完全に失ってしまいます。
フアナ女王は、そんな中でも頑として従わず、スペイン貴族達の支えとなりつづけます。

 しかし、ついにその糸もぷっつりと切れる時が来た…
1506年に、その馬鹿フィリップが急死してしまうのです。
いくら馬鹿とはいえ、夫は夫。
それに衝撃を受けたフアナは、正気を失ってしまいました。
夫の埋葬を許さず、その棺を馬車に乗せて、2年間国内をさまよい続けるという奇行に走ってしまうのです(*3)。
そして1508年、さすがに見かねた父王 フェルナンド2世が彼女を幽閉。


そして、スペインの王位は息子のカルロス1世(のちの神聖ローマ帝国皇帝 カール5世)へ。
<この方も面白い生涯を送った方ですので、また機会があれば取り上げたいと思っています。>

こうして、スペイン・ハプスブルク朝の時代、史上稀に見る繁栄の時代が始まろうとしていたのでした。
(続く)


***脚注***
*1:
 イザベルは、英語表記するとエリザベスに相当する。
 スペインの繁栄の基礎を築いた女王の名前と、スペインの繁栄にとどめの一撃を加えた女王の名前(エリザベス1世)が同じというのは、なんとも歴史の皮肉という奴を感じないでもないw
 <欧米の名前の種類は少ない、という突っ込みは却下。

*2:
 フアナの末妹カタリーナは、後にイングランドのテューダー朝に嫁ぐ。英語の呼び名はキャサリン・オブ・アラゴン(Catherine of Aragon)
そう! ヘンリー8世の最初の王妃にして、離婚を突きつけられて王妃の座を失ったのは彼女だったのだ。
なお、その娘はメアリー。
通称「血塗れのメアリー(Bloody Mary)」は、イザベル女王の孫娘にあたる。
やはり、歴史って面白いw

*3:
 2001年のスペイン映画「女王フアナ」が公開された。
  こちらはその時の公式サイト
 結構、面白かったのでリンクしておく。
 映画は、例によって「愛だ」「恋だ」がメインだが、どうもこの一族の方は、頑張りすぎてしまうきらいがあるらしく…そっちの方が理由なんじゃないかなと思うな、うん。
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Comment

2005.12.31 Sat 16:05  |  フェリペ

かの偉大なフェリペも初代はかなり僕寄りの方だったのですね
智勇に長けた英国で言う鉄槌王のようなイメージがあったので驚きました

2005.12.31 Sat 18:37  |  王子様>

次にメインはるであろう、フェリペ3世は最高です!
是非お楽しみにw

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