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瞬間沸騰 マルティン・ルター (1)

レースに出てみました。
ロンドン-アンコナ間でした。
結果は…

いまって、参加賞もらえるのね…

 さて、今日のお客さんはこちら。
ハンブルグの子豚

ぇ? 誰だ、この子ブタは?って…
 そんなこと言うなよ!!
  わざわざ、地中海からハンブルグに行ってきたんだから!!w
 マルティン・ルターといえば、世界史の教科書にも登場する方ですよね。ルーテル派の創始者にして、俗に言う「カトリック改革」という波の中心人物として知られています。

 また、現在では教会で歌われる賛美歌を作ったりもしました。
 そうそう、彼がドイツ語訳の聖書を作ることによって、近代ドイツ語にも大きな影響力を及ぼすことにもなりました。

 マルティン・ルター(Martin Luther)は1483年11月10日に、ドイツはザクセンの片田舎アイスレーベンに生まれます。
 ちなみに、洗礼を受けたのが翌11日(トゥールの聖マルティヌスの祝日)だったので、マルティンと名付けられます。

 実は、ルターは最初、聖職者になるつもりはありませんでした。
 お父さんが非常に『教育パパ』だったので、ルターは法律家になる勉強をするために、エアフルト(Erfurt)大学に進学します。

 しかし、ここで彼の人生に転機が!
 ある日のこと、彼はいつものように大学に行こうとしていました。ところが、その途中で激しい雷雨に遭うのです。

「か、雷コエェェ~Σ( ̄Д ̄|||」
と、叫んだかどうかは知りませんが、
彼は「命が助かれば修道士になっちゃいます!!!」という誓いを立てます。

(どうもルターは結構、感情ですぐに動いちゃう人らしく(言い換えると『短気』)…後の事件もあんましその後のことを考えていなかったフシが…)

で、結局助かったわけでして(笑)、その誓いどおり聖アウグスチノ修道会というところで神学を学び、後にはルターシュタット・ヴィッテンベルク(Lutherstadt Wittenberg)という街の大学で、聖書注解について教えることになりました。

 そうこうしていると、彼の義憤に火をつける出来事が生じます。
 それが「贖宥状売買(※1)」の問題。

 その当時、マインツという街にいたアルブレヒト・フォン・ブランデンブルクというお方がこの問題の中心人物。
 マインツという街は活版印刷を開発したグーテンベルグの生まれ故郷でもあり、このアルブレヒトの手腕もあって文化活動が盛んな街だったのです。
 このアルブレヒトという方は、非常に野心旺盛な方だったので、マクデブルク大司教位とハルバーシュタット司教位を持っていただけではなく、このマインツの大司教位も認めてもらおうと考えます。
司教位というのは、まぁローマ教皇庁によって認めてもらった免許みたいなものかな。
これが、司教区推薦状だぁ!(出たぞ!これで司教と宣教師に転職可能だ♪)



 でもね、「1教区1司祭」という原則があります。つまり、基本的に「一人の人は一つの司教位しか持てない」のです。

 では、どうするか。
 今も昔も、そんなときに使われるのは「山吹色のお菓子」。「地獄の沙汰も金次第」なんて言葉もありますよね。
そう、ローマ教皇庁に賄賂を送ることにしたのでした(※2)。 

 しかし、賄賂を送るには先立つものが必要です。
アルブレヒトは、大富豪のフッガー(Fugger)家に相談しました。
するとナイスアイデアが!

 当時、カトリックの総本山バチカンではサン・ピエトロ大聖堂(San Pietro in Vaticano)建設が行われていました。

 これを利用しない手はない!!(〃^∇^)o_彡☆

 大聖堂建設の為(を名目に)贖宥状を販売すれば、領民は罪の贖宥が出来て安心、フッガー家は手数料が入って大儲け、アルブレヒトはその分ローマへの献金が出来る…良いことづくめじゃないですか!!

 1571年、アルブレヒトは贖宥状販売のための「指導要綱」を発布、ヨハン・テッツェルなどを説教師に任命して、ドイツ各地で販売を開始。そして、それが全土で大ブームとなるのでした。

 ところが、みんながそんな感じで盛り上がっているところに…

「あれ? なんかそれって、おかしくない??」

と、言いだした人がいます。
 それがマルティン・ルターでした。

(続く)
■脚注■
※1:"indulgentia(ラテン語)" の訳語。
   一般には「免罪符」という言葉が用いられるが、罪が許される(免罪)というよりも、罪の償いを軽減する(贖宥)という方が適切。 特に、煉獄(天国と地獄の間にあり、死者の霊魂が天国に入る前に火によって罪が浄化される場所)という教えに、苦しめられていた中世の人々にとって、お金を積めばその期間が短くなるというのは、凄く魅力だったのだ。

※2:"simony"
   昔、サマリアに住んでいたシモン(simon)という人は奇蹟を行える人として有名でした。
   ところが、キリストの使徒達のほうがもっと大きな奇蹟を行っていることに気づきます。
   キリスト教に改宗したシモンは(同じ名前の)使徒ペトロに賄賂を送って「わたしも奇蹟行えるようにしてください!」と頼むが、大目玉をくらうというお話(使徒行伝8章)。
   その故事にちなんで、「聖職売買」の事をサイモニーと呼ぶ。
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