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「元首による反逆 (前編)」

 今でも、ヴェネツィアにある「共和国国会議場<サラ・デル・マジョ・コンシリオ>」には、歴代の元首の肖像画が掲げられています。
 ヴェネツィア共和国1100年間の歴史において、就任した元首は全部で120人
 ところが、この中にたった一枚だけ、肖像画ではなく黒い布が飾られているのです。
 そこにあるはたった一言、このような言葉が。

「彼は、裏切者として処刑された。」


今日のお話しは、1355年に起きた「元首マリーノ・ファリエル(Marino Faliero)の反逆(クーデター)」について。


(このコラムでは混同を避けるために、ヴェネツィアの役職としての元首【ドゥージェ】を<元首国家を代表するトップの人(大統領とか国王など)を、<国家元首と呼ぶことにします。)
「反乱」というものが、『政府や支配者にそむいて乱を起こすこと』と定義されるのに対し、クーデター『既存の政治体制を構成する一部の勢力が、権力の全面的掌握または権力の拡大のために、非合法的に武力を行使すること』と定義されています。

『マリーノの反逆』は、「<国家元首>である<元首>が自分の権力を強化するために、国家に対して反逆を企てた」という非常に珍しいタイプのクーデターでした。

 ヴェネツィア共和国の1100年間の歴史において、本国で反逆事件が発生したのはわずか2回
 この「マリーノの反逆事件」と、その45年前の1310年に起きた「第49代元首 ピエトロ・グラデニーゴ(Pietro Gradenigo)にたいする反逆事件【クィリーニとティエポロの乱】」のみだったのです。
 そして、今回の「マリーノの反逆」の際に、共和国の政体を守ったのは、前回の反乱ののちに設立された「十人委員会」(略称はC・D・X)でした。十人委員会については、 以前のコラムでも取り上げましたが、元首とその他の委員からなる共和国の審議機関です。
また、この委員会は独自の諜報網大きな権限をもっており、非常時には特別な意志決定機関、そして秘密警察の役割も果たしました。
パラッツォ・ヂュカーレ(元首官邸)


 では、ここでマリーノ・ファリエルという人がどのような人物であったのかを考えてみましょう。
 彼の家系は、かつて2回も元首を輩出している、ヴェネツィアでも名門の一族でした。
また、彼の妻ルイジアは 先ほども出てきた第49代元首ピエトロ・グラデニーゴの孫娘にあたります。ですから、血筋という点でも非常に申し分のない立場にあったのです。
 彼個人の能力も非常に優れたものでした。
コンスタンティノープル(イスタンブール)周辺警備の海軍提督や、共和国の要衝 クレタ島の総督も歴任します。また、各国や法王庁への大使として外交問題にも携わっていました。
企業家としても才能を発揮しており、優秀な商人・軍人・政治家として人々に知られていた彼は民衆の圧倒的な人気のもとに、1354年に第55代 共和国元首としてコルノ(角の意味)を頭上に戴くことになります。この年、70歳でした。
 しかし、いくら優秀な人であっても、ヴェネツィアの政府では強大な権力を握れるわけではありませんでした。
 そもそも元首はヴェネツィアの国家元首ですが、国王ではありません。
ましてや独裁者でもありませんでした。例えば、元首補佐官の同意なくしては、元首には決定権すらなかったのです。
 ヴェネツィアにおいて独裁、もしくは世襲制を試みることがどれほど危険なことであったのか、このような実例があります。

 第38代元首のヴィターレ・ミキエレ二世(Vital II Michele)は1156年に就任後、16年間にわたってヴェネツィアの発展に努めた人でした。このミキエレ家は過去76年間のうち62年間、元首を輩出し続けた家系であり、非常に尊敬されてきた家柄だったのです。
 しかし、彼は世襲制を画策しているという疑念を抱かせる失策を犯します。自分の息子達を要職につけ、元首補佐官と相談せずにビザンティウム帝国の皇帝と協約を結んでしまったのでした。
 まずい事に気がついた、ミキエレ2世は引退を表明しますが、時すでに遅く。彼は隠遁先の聖ゼカリア修道院の扉の前で殺害されることになるのでした。

 このような政治体制に、マリーノは我慢できなくなってしまったのでしょうか。
それとも、当時のイタリア各地では小王国の再編が進んでおり、ここで乗り遅れればヴェネツィアの未来はない、と思ったのかもしれません。
どちらにせよ、ついに彼は反乱にむけて動き出すことになります。

 元首就任後わずか6ヶ月後のことでした。

>後編へ続く。
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