スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

マルコ・ポーロ

marco_top.jpg


 今回のイベントの主役は「マルコ・ポーロ」らしい。
ちなみに生誕300年を記念ということは、今は1554年ということなのだろうか。
まぁ、イベントの内容については、偽の情報も混じっているものの中から真実と思うものだけを報告するっていうのは面白いと思いますよ。

ただね、その報告の選択が「もう一度話しかけるとこの情報を報告します」っていうのはどうだったんだろう?
情報を得ることが出来る場所が多いのもあって、スゴイ分かりにくいんですが…
普通に、「座長のところでどれを報告するか選ぶ」っていうのじゃダメだったんですかね?
テストプレイでもすればわかることだと思うんだけどなぁ…

 とりあえず、マルコ・ポーロの生涯と「東方見聞録」の簡単な内容について、ささっと殴り書きしてみましたぞ。そのうち時間があれば、きちっと書き直したいところだが…。

ハミルせんせのブログとかぶってた…

 1260年 マルコの親父ニコロと、叔父のマフェロが、コンスタンティノープル(イスタンブール)から、モンゴル帝国の西の端っこにあったハン国の都サライに、宝石買い付けに行く。で、商売をしている最中に戦争が勃発し、来たルートを通って帰れなくなってしまったため、さらに東のブハラに向かう。
 ブハラで3年間足止めを食らっている最中に、丁度この街に来ていたモンゴルの役人から「一緒に来ないか? ウチの王様(フビライ・ハン)は珍しいもの好きだからきっと喜ぶぞ」と言葉巧みに(?)誘われて、1年かけてフビライ・ハンがいる大都(今の北京)にいくことになった。ちなみに、フビライはチンギスの孫に当たり、大ハンと呼ばれている。
で、フビライに気に入られた2人は、帰りの安全を保証するビザ(金牌)をもらいヨーロッパに帰ることになった。その際、フビライから「なんかあんたらのキリスト教って面白そうだな。よし、おまえら国に帰ったら、キリスト教の一番偉いヤツに会って、『適当に100人ばかし見繕って、ウチの国に送りやがれコノヤロー』って伝えとけよ」と命じられる。帰りの旅はモンゴル帝国の後ろ盾もあって順調に進み、1269年にヴェネツィアに帰って来ることが出来た。


 ところが、「キリスト教の一番偉いヤツ」であるローマ教皇 クレメンス4世が、ポックリと天に召されてしまったのであるアーメン。当然、次の教皇はコンクラーベによって決定されるのだが、どうも根回しがうまくいってなかったらしく、これがまたなかなか決まらない。とりあえず、パレスチナ地方のアクレ(アッコン)って街まで前進して、そこで新教皇からの連絡を待とうと考えたニコロ、マフェロ、そしてマルコの3ポーロは1271年にヴェネツィアを旅立つことにする。結局、ローマ教皇の空位期間は3年という長きに及ぶのだが…。

 とにもかくにも新教皇が決まり、マルコたちは新教皇から手紙をもらう。ところが、新たな教皇グレゴリウス10世はローマでの政権掌握に忙しくて、100人もの修道士を送る余力がなかったのだ。そこで、「ごめんね、100人も送れなくて。とりあえず2人送るからヨロシクお願いします。あ、3ポーロを正式な使者にしたんで、あとのことは彼らに聞いてください」というフビライ宛の手紙とプレゼントを、3ポーロに託すことにする。

 3ポーロと2修道士は、アクレから地中海沿いに北上しトルコを抜け黒海南岸を通ってペルシャに入ろうとした。ところが、このあたりは今でもそうだけど、ちょいと物騒なエリアなわけで、この当時もやっぱし武装強盗が出てきたり、内戦中だったりとのことで、へたれ修道士たちはやる気を失い、「もぷやってられんわボケェ!」と捨て台詞を残して逃げ帰ってしまった。でもくじけずに進む3ポーロ。一行は南下してペルシャ湾から海路を通ることにする。ちなみに下の地図で、赤い線が行きのルート、紫が帰りのルートである。

マルコ・ポーロの行程表


 さて、ペルシャ湾の港町に着いた3ポーロ一行。現在のイラン・バンダレ・アッバース(ホルモズ港)の街らしい。この街は東方・イスラム商人の、海上交易路・陸上交易路の交わる重要な交易拠点となっていたからである。連中、東へと向かう交易船に乗せてもらおうと考えたのだ。簡単に言うと、当時ヨーロッパにヴェネツィア商人を通して流入していた、コショウなど香辛料交易路を逆に通ろうとしたわけだな。ところが、実際にイスラム商人たちの使っている交易船を見た3ポーロは、「こんな、木をロープで縛ってるだけの船怖いっ」とか言いだしやがる。でも、「船乗りシンドバット」でお馴染みのこの時代のイスラム交易船は、ダウ船みたいな「木をロープで縛っただけの船」がメジャーだったわけで、それをヴェネツィア商人として東方交易に長年携わってきた親父たちが知らないというのもおかしな話ではあるが。

 で、海路での旅をあきらめた一行は再び陸路を北上し、かつてのシルクロードを通ることにしたのだった。馬に乗って荒れ野をパッカパッカ。駱駝に乗ってゴビ砂漠をえっちらおっちら。途中で、盗賊団に襲撃されて、隊商の連中が死んじゃったり、マルコが病気になったりと、結構苦労したわけである。ヴェネツィアから大都まで3年半もかかったのだ。

マルコの発見物メモ 1

・ヨーロッパで高値で取引されてる「サラマンダー(火トカゲ)」なんていねえよ。あれは鉱物の一種だ。

・トルコのアララト山に、ノアの箱船あるってよ。

・「燃える水(石油)」すげぇ。だって、水が燃えるんだぜ。

・トルキスタンで「ひすい」っていう宝石とれるらしいぜ。

・北に行くと、雪ばっか降って常に真っ暗な国(ロシア)があるぞ。


 大都に帰ってきたヴェネツィア人を見て、フビライ・ハンは大喜び。まぁ、本来の目的だった宣教師たちは逃げ出して来なかったわけだが、まぁ代わりに当時の元帝国を好きなだけ見ていっていいぞと歓待される。で、マルコによると「いやぁ、オレなんか皇帝に気に入られちまってさ。知事とか大臣とかなっちまったぜ」って言ってるんだけど、これは彼の学歴とか考えるとそのまんま受け取るのはちと眉唾だったりする。せいぜい、皇帝のおそばに侍って、帝国各地からもたらされる報告や珍しい話を書き留めたんじゃないか、というのが当たりなんじゃないかと考えられている。

マルコの発見物メモ 2

・中国人すげぇよ、だって夜でも灯りつけてるんだぜ。
 (当時のヨーロッパでは、蝋燭は貴重品で金持ちのものだったから)

・竹っていう植物あるんだけど、燃やすと"バン!ブー"って音するの おもしれぇな。
 (英語で「竹」を表す"Bamboo"は、ここから来てるらしい)

・サトウキビ絞り器っていう便利な機械があるってさ。

・中国に「茶」って飲み物あるんだけど、これに勝手に税金かけて首になった役人いるってさ。

・メガネっ娘萌えーーっ

・燃える黒い石(石炭)ってのがあるんだけど、便利でいいな。

・揚子江って川があるんだけど、船の数が半端じゃないね。2万隻くらいの船が行き来してるぞ!!


 ほかにも伝馬制度についてだったり、漢民族&モンゴル民族独特の世相風俗、都の消防・警察制度についてとか、「史上最大の」大王の宮殿の様子など、マルコの観察記録はいろんな分野を網羅している。あ、忘れちゃならないジパング伝説もだ。この「東方見聞録」の特徴として、当時のヨーロッパ人の感覚でアジアを見ているため表現の仕方や例えが新鮮で面白いというのがあるだろうね。

 さて、元の宮廷に来てからあっという間に20年近くが経過した。3ポーロは、1292年ヴェネツィアに帰国することにしたのである。帰りの旅は、行きと違って海路を通ることになった。もっとも、前回のような「木をロープで縛っただけの船」ではなく、大型ジャンク船での快適クルージングだったようだ。マルコもこの船の旅にはご機嫌だったようで見聞録の中にも、「船倉には、13枚の水密隔壁がついていてめっちゃ安心。広い甲板もあるし、商人用の小部屋もいっぱいあるから最高だね!」と書き残している。ちなみに、鄭和(カナリア沖の人じゃない方)の大航海は、それから100年ほど後の明代のことである。

 途中、東南アジアやインドで交易をしながら艦隊はバンダレ・アッバースに向かう。元の特使という形で乗り込んでいたためか、3ポーロもインドの王様に謁見して、貴重な真珠コレクションを見せてもらったりして楽しんだらしい。こうして、マルコ・ポーロの25年近くに及ぶ旅は終わったのである。


 その後のことについて。
ヴェネツィアにかえってきたマルコだったが、ジェノバとの戦いにかり出されることになる。そして、海戦で負けてジェノバの捕虜に。その獄中で出会ったのが、小説家のルスティケロ・ダ・ピサという人だった。捕虜生活の暇つぶしにマルコの語る「奇想天外な話」を聞いたほかの連中はみな爆笑だったが、ルスケティケロは「こいつは売れる!」と直感する。こうして、マルコ・ポーロの冒険記は「Il Milione (100万のお話)」として世に出ることになった。

 ジェノバとの間に講和が成った1299年、マルコはようやくヴェネツィアに帰国。そして結婚し、3人の娘を設け、1324年 70才で故国ヴェネツィアで生涯を閉じました、とさ。おしまい!


東方見聞録 (イタリア語版)
スポンサーサイト

Comment

2008.06.02 Mon 16:41  |  

じぃさんや、トンポーロが食いたくなったでねぇ(´ω、`)。

マルコと100万円についてちーとも知らない人間にまとめをあるがとう。
あるがとう。これからイベント手ぇつけてキマス。

  • #-
  • pepe
  • URL

2008.06.02 Mon 18:02  |  

むしろタマゴボーロとか思い出した。

2008.06.02 Mon 22:48  |  

!!いつのまにネデ人にw
しかも選挙管理委員になってるしww

  • #-
  • Tidusさん
  • URL
(編集・削除用)
管理者にだけ表示を許可

FC2カウンター

プロフィール

ルクレッツァ・ロッソ

Author:ルクレッツァ・ロッソ


  • 管理者ページ


  • 映像資料室(FLASH倉庫)

    ◆Lucrezia Rosso

    所属商会記録:オトナの商会@アムスてるダム(現)
    アストレア@ヴェネツィア
    猫教団@セビリア
    世界の船窓から@マルセイユ
    たまごのしろ@ナポリ
    いらん子@セビリア

    ◆オペル・ベクトラ

    得意スキルは誤字&誤爆
     (両方 完スト達成!)


    リンクはフリーでございます。こんなブログですが、お気に召していただければ、是非ともお願いいたします。
    また、コメントを残してくださると中の人共々喜びますし、こちらからもビシッとリンクさせていただきます♪

    お約束

    このホームページに掲載している『大航海時代 Online』の画像は、『大航海時代 Online』公式サイトにおいて使用許諾が明示されているもの、もしくは『大航海時代 Online』の有効なアカウントをお持ちのユーザーのみに株式会社コーエーが使用許諾を行ったものです。

    (C)2005 KOEI Co., Ltd. All rights reserved.

    最近の記事

    カテゴリー

    ブログリスト

    BLOG PEOPLE

    ブログ検索

    リンク

    このブログをリンクに追加する

    全ての記事を表示する

    Copyright © ルクレッツァ・ロッソ
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。