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「箱船」探索の旅 (5)

 俗世(DOLワールド)では、大海戦だったそうですな。
まぁ、私は課金してないので全く関係ないんですがね!!

 というわけで、大海戦にちなんでクイズを一つ。
Q:世界の軍艦で、一番長ったらしい名前はなんでしょう?
ヒント:イタリア海軍所属(退役済み)


答えは今日の最後に。
 あなたはゴフェルの木の箱舟を造りなさい。箱舟には小部屋を幾つも造り、内側にも外側にもタールを塗りなさい。
 次のようにしてそれを造りなさい。箱舟の長さを三百アンマ、幅を五十アンマ、高さを三十アンマにし、箱舟に明かり取りを造り、上から一アンマにして、それを仕上げなさい。箱舟の側面には戸口を造りなさい。また、一階と二階と三階を造りなさい。

-創世記6章14~16節 (日本聖書協会『聖書 新共同訳』)-


 さて、箱船のサイズのおはなしをする前に、ここで古代の「長さの単位」について簡単に触れておく必要がありそうだ。

 現在の私たちが「長さの単位」として用いているのは、『メートル法』として定義された単位である。まぁ、かたくなに『ヤード』や『マイル』を守り通している国もあったりするわけだが。
それはともかく、『メートル法』というのは一言で言えば、「メートル」を基本としてモノの長さを測っていることになるわけである。([cm]や[km]といった接頭辞がついた単位も使われているが、これはあくまで「メートルに対しての何分の一(もしくは、何倍)」を表しているのにすぎないのである。)

 実はこの『メートル法』が生まれたのは、なんと今から200年ほど前にすぎないのだ。1790年、フランス革命真っ盛り、「旧支配体制の痕跡を払拭しよう! 王制反対!ビバ・デモクラシー! 嗚呼自由よ、永遠なれ!!」と、熱(苦し?)いフランス人の考え出したウザッタイ"世界標準"の単位。それが、『メートル法』なのである。
 じゃぁ、それまではいったいどんな単位があったのかというと、日本やアジアで使われていた『尺貫法』、イギリスや米国の『ヤード・ポンド法』などが有名なところだろう。さらに古代にさかのぼると、「キュビト」という単位が用いられていたのだ。

 「キュビト(Cubit)」は、古代メソポタミア地方で生まれた長さの単位と考えられている。このキュビト、「身体尺」と呼ばれるものの一つだ。どっかの王様の「肘から中指までの長さ」を基準にしたものと言われている。で、「王様の肘から中指まで」なんてこといわれても、王様が変わったりしたらその長さも変わるわけで。一言でキュビトといっても、いろんな長さのキュビトがあることになる。でも、今回のおはなしは聖書、つまりはイスラエル・ユダヤのおはなしだから、彼らが使っていたキュビトについて考えてみよう。あ、ヘブライ語では『アンマ(アマ)』というのが、キュビトのことだったらしい。だから、最初に引用した部分では「アンマ」という表現になっているわけだ。
 
 さて、いくつかの文献や残っている遺跡から逆算すると、古代イスラエルで使われていた1キュビトは428~445mmくらいじゃなかろうか、というふうに考えられている。とはいえ、実際には、「肘からこぶしまでの長さ」の『短キュビト(38cm)』や、「キュビト+一手幅」の『長キュビト(52cm)』も使われていたらしいというから、厄介な話だ。さらに、筆者のモーセが育ったエジプトのキュビトだとしたら、1キュビト=524mmという説もあったりして、さらにややこしいことになる。本当に面倒くさいな。

 まぁ、ユダヤキュビトをそのまま当てはめてやると、以下の数値が出てくるわけだ。

~1キュビト=428mmだと~
箱船の長さ:300(キュビト)×0.428(m)=128.4m
箱船の幅:50(キュビト)×0.428(m)=21.4m
箱船の高さ:30(キュビト)×0.428(m)=12.84m


~1キュビト=445mmだと~
箱船の長さ:300(キュビト)×0.445(m)=133.5m
箱船の幅:50(キュビト)×0.445(m)=22.25m
箱船の高さ:30(キュビト)×0.445(m)=13.35m


 うむ。これじゃ、よく分からんよね。
わかりやすく言うと、ドイツ第三帝国で計画され「史上最狂(?)の戦車」として有名な『陸上戦艦 ラーテ』は、長さ35m・幅14m・高さ11mだから、ラーテを8台並べた様子を想像してもらえれば…ってわかりにくいですね、はい。簡単に言えば、32階建てのビルを横に倒してみなされ。
 
 ちなみに、有名なお船と比較してみると以下のようになる!
・こんごう(イージス艦)  長さ161m×幅21m
・タイタニック号       長さ268m×幅27.7m
・戦艦 大和        長さ265m×幅34.6m
・キティーホーク(空母)  長さ323m×幅39m

箱船サイ図


 サイズのおはなし、もうちょっと続きます!


※「陸上戦艦 ラーテ(はつかねずみ)」:
 ドイツ陸軍の戦車設計計画で、何を血迷ったのか「ポケット戦艦の主砲乗せられるくらいデカイ戦車作ろうぜ!」っていう話が持ち上がって出された計画。完成していれば、長さ35m・幅14m・高さ11mという8階建てのビル並のサイズになったはずだった。
ただ、自重がどう考えても1000t越えることになって、自重で沈むという欠点でお蔵入り。


クイズの答え


 正解は「ルイージ・ディ・サヴォイア・ドゥーカ・デッリ・アブルッツィ(Luigi di Savoia Dukas degli Abruzzi)級軽巡洋艦」。ネームシップは、『ルイージ・ディ・サヴォイア・ドゥーカ・デッリ・アブルッツィ級軽巡洋艦・一番艦ルイージ・ディ・サヴォイア・ドゥーカ・デッリ・アブルッツィ』。

 イタリア海軍のお船の名前は、イタリアの有名人の名前がつく事が多い。この船の元になった人は、『ルイージ・アメデーオ・ジュゼッペ・マリーア・フェルディナンド・フランチェスコ・ディ・サヴォイア=アオスタ(通称:アブルッツィ公)』というおっさんで、登山の世界で有名な人らしい、よく知らんけどな。

 で、WIKI先生の解説によると「嚮導(コンドッティエリ)型第5弾。…準排水量9440tと重巡洋艦並みの大型軽巡洋艦である。…2隻とも第二次世界大戦では戦没せず、戦後もイタリア海軍で現役であった。」ってあるんだが、あれじゃね?
重巡並みにでかくなったのは、嚮導艦としての設備をそのまんま積んで、小型化出来なかっただけじゃなかろうか…。戦闘で沈まなかったのも、タラント空襲のあとにイタリア海軍がナポリに引きこもっちゃったからじゃ…。そうやって考えると、夢いっぱいのイイ船です。

 まぁ、通信担当士官とかは「メンドクセエナァ、誰ダヨこんな名前付けたの…」とかぼやいていたんじゃないだろうかね。どう考えても舌かみますわなw
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