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「史上最大の作戦!」 (後編)

 (10月8日 改訂いたしました)


 ロイター通信のニュースを見てたら、こんな記事が!
キスの際に毒を口移しし男性殺害
中国人の女に死刑判決


[上海 27日 ロイター] 交際相手の浮気を疑い、キスの際に殺そ剤を飲ませて死亡させた中国人の女が、死刑判決を受けた。27日付のシャンハイ・デーリー紙が伝えた。

 同紙によると、河南省出身のこの女は、長い間交際していた男性に殺そ剤を入れたカプセルを口移しし、それを飲み込んだ男性はその後死亡した。

 カップルは「浮気をした方は死ななければならない」ことにしていたといい、女は、男性がほかの女性と「話をしていた」ため、約束を破ったと考えたという。

いやぁ、毒って恐ろしいですね!! 気を付けるようにいたしましょう。
 「キュー植物園」がもっとも得意とする分野は、『実用植物学』という分野である。どちらかといえば、「農学」に近い、有用な植物をどのように人間の実用に用いられるか、ということを考える学問のことだそうだ。

 では、ここでキューが世界史のあちこちに出てくる、いくつかの例を見てみることにしよう。
~絶滅寸前の花を救え~


 ランの花は、その姿が美しいと昔から珍重されてきた。
しかし、その美しさ故に野生のランは乱獲の対象となり、絶滅に瀕している種類も少なくない。現に、野生ラン種は、『ワシントン条約』によって取引の規制が行われている。

 そのような花の中に、日本ではアツモリソウとして知られるラン科の植物がある。
日本でも、乱獲や盗掘のために絶滅の危険が心配され、1997年には「特定国内希少野生動植物種」に指定されてしまった東アジア原産のこの花は、イギリスに持ち込まれたビクトリア朝以後大人気となった花である。そのため、イギリスでは野生種が刈り尽くされてしまい、1950年代に『わずか一株』にまでなってしまったという曰く付きの代物だった。この最後の一株は、1950年代から24時間態勢で監視・保護が行われていたらしい。

 実は、ラン科の植物というのはいささか厄介な特徴を持っている。
ランの種というのは非常に小さいため、それだけでは発芽するための必要な養分を持っていないのだ。そのため、発芽の際には、あるカビの菌に「寄生」して、そいつらから養分をふんだくり芽を出すという、なんともえげつない奴らなのである。そんなこともあって、球根や挿し木で増やすという方法も採れないのだ。となると、頼みの綱はやっこさんが花を咲かせ、「種」をつけてくれることを期待するしかなかったのである。ところが、この花を絶滅から救うために、キューを始め大勢の植物学者たちが、「さっさと花をつけろ!コノヤロー!」とばかりに見守っているにもかかわらず、やっこさんときたらそんな期待もどこ吹く風。一向に花を付ける気配がない。まさに、「台風の目」状態である。

「花さえつければ…コノヤロオオ!」
「ていうか、そろそろやばいんでないか?」
「なんか違う方法を、考えないといけんかな??」
学者先生たちが意見を出し合い、キュー植物園の研究者たちが編み出したウルトラCの方法。それが、『マイクロ・プロパゲーション法』だったのである。簡単に言うと、「クローンをつくる」製法とでも言おうか。

 で、結論から言うと、このクローン作戦は大成功に終わった。
この方法が編み出されたのが1990年代だったが、それから10年ほどで300株にまで増殖させることに成功したのである。生息地のほとんどは極秘とされているが、一カ所だけ公開されているらしいぞ。
~バウンティ号反乱の真相~

 「バウンティ号の反乱」というのは、1789年にイギリス海軍軍艦バウンティ号(215㌧)で起きた水夫の反乱事件である。南太平洋・トンガ沖で船員たちが反乱を起こし、ウィリアム・ブライ船長以下19名をボートで追放したのだった。船長たちは、ティモール島まで7週間かけて5800kmを航海した。それは、非常に長く辛い航海だったのである。なにしろ、周囲の島々には、当時「人喰い族」として恐れられた原住民が住んでおり、現に仲間の一人が彼らの攻撃で命を失っていた。食料も水も乏しい中、危険な珊瑚礁の間を縫うようにして進んで行かなければならなかったのである。この事件は、イギリス海軍史上大変ショッキングな出来事でもあり、今でも「バウンティ=Mutiny(反乱)」と同義語になっているほどだ。

 さて、じつはこのバウンティ号の反乱事件にも、「キュー植物園」の名前が出てくるのだ。みなさん、ご存知だっただろうか?

 カリブ諸島を自国の植民地にしたイギリスは、この地でサトウキビ栽培を大規模に進めた。大西洋を挟んで、ヨーロッパ・西アフリカ・西インド諸島の3地域に、砂糖・銃・奴隷が大量に流通することとなる。実は、サトウキビの栽培には、大変な人手が必要であり、そのためにアフリカから奴隷たちがカリブ諸島に流入したのである。さて、人口が増えるということは、「食料」もその分必要になるということだ。しかし、カリブの島々で農地として使える場所は、サトウキビ農場となっている。かといって、ヨーロッパから食料を輸入するとなれば、そのコストはべらぼうに高くなるだろう。これが、この時代イギリス政府の頭を悩ませていた問題だったのだ。

 ところが、南太平洋の島で、食料にうってつけのある植物が発見されたのである。それが、『パンノキ (Artocarpus altilis)』だった。この木は、非常にデンプン質に富んだ木の実を年に3回、50年以上にわたって実らせる。手入れもそんなに必要ではないので、プランテーションの端っこにでも植えておけば、作業員たちの胃袋を満たすことが出来るというわけだ。

 すぐに、この「奇跡の木」の移植計画が立てられた。
貨物船を改造した軍艦バウンティ号を、英国本土からタヒチに向かわせる。タヒチで1000本のパンノキの苗木を積み込んだ後、カリブ諸島に向かい、そこで栽培を開始する。そして、この計画遂行のカギを握ると期待されたのが、『キュー植物園』から派遣されたデービッド・ネルソンだったのである。彼は、オブザーバーであるジョゼフ・バンクスと相談し、長い航海にも耐えられる輸送計画を立案し、自身がバウンティ号に乗り込み、苗木の世話をすることになった。

 でも、残念なことに、先にも述べたように船員の反乱が起きたため、この計画は失敗に終わる。ネルソン自身も、ティモール島に漂着した時点で、亡くなってしまったらしい。

 この反乱事件がなぜ起こったのか、その理由がいろいろ考えられてきた。たとえば、「タヒチで遊びすぎた船員たちが、辛い海軍生活に耐えられなくなった」とか、「反乱鎮圧用の海兵隊をのせていなかった」などである。実は、この原因の一つとして面白い説が取り上げられているのだ。それは、「パンノキの輸送・世話のために、大量の真水が必要とされたため、船員の物資が欠乏し、不満が募った」という説である。もしそうだとすれば、この『バウンティ号の反乱』を引き起こしたのは、パンノキだったということになるではないか!

(もちろんこれは、ブライ船長や、キュー植物園のネルソンやバンクスが悪かったと言うことではない。まともな補給艦をつけなかったり、海兵隊を載せなかった海軍本部のまずい作戦ミスが重なったが故の不運だったのだろう。)

 さて、本国に帰ったブライ船長は、再びパンノキ輸送計画に携わる。今回の任務は大成功し、1792年にジャマイカとセントビンセント島に700本の苗木が到着した。こうして、西カリブ諸島の食糧問題が解決されたのである。
~マラリアからインドの人を救え!~


 熱帯地方の風土病で、『マラリア』と呼ばれる病気がある。身近なところでは、大航海時代ブロガーの腹筋王 (ていうか、「借金返さないおー」)の中の人も感染した病気だ。蚊によって媒介される「マラリア原虫」が、人間の体内で悪さをしでかし、高熱を発したかと思うとあっという間に死に至るという恐ろしい病気なのである。この前の戦争(「太平洋戦争」のことな。京都では、この前の戦争っていうと「応仁の乱」のことをさすらしいがw)の時も、大勢の人がマラリアで命を失った。ちなみに、アレクサンダー大王も、このマラリアにかかって命を落としている。特効薬がなかった時代には、マラリアにかかると自然に熱が引くのを待つしかなく、非常に致死率の高い病気だったのだ。

 さて、現在ではマラリアの治療薬として、「キニーネ」という薬が使われている。
この、「キニーネ」という薬の発見にも関わっていたのが、じつはキュー植物園の研究者たちだったのだ。

 のちに、イギリスのインド省大臣となるクレメンツ・マーカム卿は、キューの植物学研究家たちと共に南米の奥地へと向かった。1859年、マーカム卿 30歳の時である。彼らの目的は、キナノキの種子、または苗木を本国に持ち帰ることだった。実は、この木の皮から、マラリアの特効薬となるキニーネを作ることが出来るのである。ペルーやボリビアの未開のジャングルを彷徨いつつ、一行はついにキナノキの苗木と種子を入手することに成功したのだった。運ばれる途上、保管のミスや嵐といった試練を乗り越えたキナノキのいくらかは、キューの温室に根を下ろすことになる。

 その後、インド方面の事業に関わることになったマーカム卿は、現地の人がマラリアで苦しんでいるのを目にする。彼は本国に、キューで栽培されていたキナノキの輸送を要請した。ジャワ、インドに運ばれたキナノキは、それぞれの地で無事に根付き、キニーネの大量生産が可能になったのである。
 
~ナポレオンの島を救え!~

セントヘレナ島


 ギネスブックによると、「世界で二番目に、他の陸地から遠い島」らしい。もちろん、一番は、前回出てきたイースター島である。なにしろアフリカ大陸から、1950kmも離れているそうな。

 この島が発見されたのは、1502年のことである。長さが17km 幅が10km 面積は122平方㌔のこの小さな島は、ポルトガルのジョナオ・デ・ノバ・カスティリャによって発見された。周囲が、切り立った断崖ばっかりのセントヘレナ島であるが、豊富に水が涌いていたこともあって、イギリスの重要な補給拠点となる。

 で、「どんな島なのかな」と、WIKIで詳細を見てみたんだが、コレハヒドイ。

交通・【海運】 アセンション島 - 年14便・ケープタウン - 年12便・ポーツマス - 年1便。


 年一便のポーツマス定期船は、もう定期船じゃないと思いますw
ちなみに、現在この島に行く方法は「船」しかありません。それも、ケープからだと5日くらいかかるんだと。空港がないのは、この島が山と峡谷がいっぱいあるため滑走路が造れないためだそうな。(一応、2010年完成予定で「セントヘレナ空港」建設中だそうですよ。海の上に人口島でも浮かべるんかね?? どうでもいいですな、ハイ)



 いったん失脚したものの、エルバ島から脱出し、再びフランス皇帝に返り咲いたナポレオン1世。しかし、ワーテルローの戦いにおいて、ウェリントン公ら英・蘭・プロイセン連合軍に敗れた彼は、再びその地位を失い、南海の孤島 セントヘレナへと流刑にされたのだ。そして、この地で波乱に富んだ一生を終えることになる。
 
 さて、本題に戻るわけだが。
このセントヘレナ島は、火山性の島なので、あんまし土壌の質がよろしくない。そのため、土壌の浸食が大きな問題になっていた。で、登場するのが、我らのキュー植物園である。

 セントヘレナ島の断崖絶壁を降りていくサイモン・グッディナフ。彼の目的は、セントヘレナ原産の貴重なディジーの採集だった。ロープ一本を命綱に採集された、ディジーツリーの珍種はすぐにキュー植物園に送られた。

 実は、キューがあるイギリスの気候は、温暖湿潤(?)なため、世界各地から運ばれた植物たちはこの地で一休みし、病気やウイルスを癒やしてからまた世界の各地に送られることになっていたのだ。キューでは、このディジーの木を2年間で大量に育成し、再びセントヘレナ島に戻されて、ナポレオンの島の浸食は収まったそうな。
 ということで、キュー植物園のおはなしはおしまいです。
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Comment

2007.09.30 Sun 01:57  |  

1万9990年代って・・・・

  • #-
  • アーカントス
  • URL

2007.09.30 Sun 08:51  |  

提督>
修正しまつた><

  • #-
  • Lucrezia Rosso(管理人)
  • URL

2007.09.30 Sun 11:01  |  

>いやぁ、毒って恐ろしいですね!! 気を付けるようにいたしましょう。

( ̄△ ̄;)何かが違う気がする・・・何かがw

  • #3un.pJ2M
  • uni
  • URL
  • Edit

2007.10.03 Wed 07:42  |  

せっかく商会に来ていただいたのに挨拶もできなくて申し訳ないです!なので、ここで。

そして、京都人の戦争の認識が一番気になった児玉でした。

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