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【考察】 衝角(ラム)戦法は、効果的か? -4-

ダビデ君

こういう子いるよね
得意分野はとことん得意なんだけど、苦手な教科は全く興味ない子w

クリッパーには、来週中には乗れそうです。

 長年の間、小国家が点在してきたイタリア半島。しかし、19世紀になって『リソルジメント(イタリア統一運動)』がおき、ついに1861年 統一国家が誕生したのだった。イタリア王国の成立である。

 さて、統一されてまもないイタリア王国が、今日のおはなしの主役になる。1866年の『リッサ島沖海戦』だ。
 1866年、プロイセン王国とオーストリア帝国は戦争状態に突入する。これが後にいう「普墺戦争(オーストリア-プロイセン戦争)」である。

 で、成立間もない統一イタリア王国も、「オーストリアに獲られていたヴェネツィアを返せ、この野郎!」という私怨(?)から、プロイセン側で参戦することになる。

で、プロイセンとオーストリアの戦いは、プロイセン軍が俄然優勢。なにしろ、オーストリア=ハンガリー二重帝国がヨーロッパの覇者だったとはいえ、それはもうすでに過去のおはなし。かたや旧態然とした昔ながらの軍隊を持つ帝国、かたや工業革命にも成功して飛ぶ鳥落とす勢いのプロイセン王国。さらに、プロイセン王国では、後方にてビスマルクの狸ジジイが暗躍し、前線ではモルトケ参謀総長が手腕を振るいまくる。
この日のために近代兵器の導入に一生懸命だったプロイセン軍は、破竹の勢いでオーストリア軍を打ち破っていくのだった。
開戦からわずか18日後の7月6日、ケーニヒグレーツの戦いにおいてオーストリア軍は致命的な損害を被り、大勢は決することになったのだ。

 さて、我らがイタリア軍だが、実は6月22日の段階で軍港タラントから王立海軍艦隊をすでに出発させており、ヴェネツィアとは目と鼻の先であるアンコナ(キノコ王国首都)にまで前進させていたのである。
実はこの時点で、イタリア陸軍も北方に向けて進軍していた。イタリア対オーストリアの戦いは、海と陸の二つの舞台で進むことになる。



 6月24日、なぜか主力を二分したイタリア軍。不運なことに、進軍途中の川で大雨による増水が発生したため、後続の部隊が戦場に来なくなってしまった。それでもイタリア軍の方が数では上回っていたので楽勝だろうと高をくくっているところに、オーストリア軍のイタリア方面隊・主力が襲いかかる。結果は、オーストリア軍の大勝利。(クストゥーツァの戦い)

 一方、27日にアンコナ近海にオーストリア艦隊が来襲。ところが、港内のイタリア艦隊が動こうとしない。たぶん、やる気がなかったんだろう。
本来、このイタリア艦隊の任務は、陸戦で快進撃を続ける(だろうと予想された)イタリア陸軍を海上から支援、もしくはオーストリア艦隊に邪魔されないようにすることだった。だから、オーストリア側としては、「出てこないなら、それでいいや。無理に戦わなくてもいいし」とばかりに引き上げてしまう。

 さて、クストゥーツァの戦いで大敗北したイタリア軍。このままでは、本国の領土まで侵攻されてしまうところだったが、強いプロイセンと同盟を結んでて助かった。ケーニヒグレーツの戦いで大敗を喫したオーストリア軍が、イタリア方面の部隊を引き上げさせることを決めたからである。首の皮一枚で助かったイタリア王国。

 イタリア上層部では、「オーストリアが本土防衛に向かっている今こそが好機! 今の間にオーストリア領を、いただけるだけいただこうぜ」という、漁夫の利戦法が大人気。で、目をつけたのがアドリア海に浮かぶリッサ島という小さな島だった。丁度良く、近くに艦隊もおるしな。

 リッサ島攻略の命令を受けた艦隊司令部は、やっぱりやる気がなくて…「島に大砲があるから撤退します」とかいってくる始末。そうやって時間を浪費している間に、オーストリア艦隊が再び来てしまった。こうして1866年7月20日、リッサ島沖海戦が始まったのである。



 さて、なぜにこの海戦が注目されるのかというと、単なる小競り合いではない「まともな海戦」というのが、ナポレオンの時代からご無沙汰だったからなんだ。その後、新たに登場してきた新戦法が本当に使えるのか、装甲艦というのはどれほどの威力があるのか、そういったデーターを集めるにはうってつけの戦いだったのである。さらに、オーストリア艦隊が今までの大砲(前から弾を込めるタイプ:前装式)だったのに対し、イタリア艦隊は最新式の大砲(後装式)だったことからも比較考証の点で優れているといえよう。この海戦において、オーストリア艦隊は常にそれまでの海戦のマニュアル通りの戦法をとろうとする。

 新兵器とそれに基づく新機軸vs経験で裏打ちされた教科書通りの戦法。
この戦い、非常におもしろい戦いになるはずだった!
(ここでいう「おもしろい」というのは、「興味深い」という意味であって、決して「笑える」という意味での面白いでは…なかったんだよなぁ…)

・イタリア側戦力・
装甲艦12隻 非装甲艦14隻 非戦闘艦9隻

・オーストリア側戦力・
装甲艦7隻 非装甲艦14隻 非戦闘艦4隻

 リッサ島沖海戦は混乱から始まった。なぜか、イタリア艦隊司令官が開戦直前に旗艦を交代。移乗作業中に、イタリア艦隊の先鋒3隻がそのまま前進したため、艦隊が分断される。以後この前方艦隊はそのままどっかいっちゃった。

 オーストリア艦隊、セオリーに乗っ取ってラムアタックを開始。敵の元旗艦(まさか寸前に旗艦がかわってるとは知るわけなく)に集中砲撃を浴びせかける。オーストリア艦隊は装甲艦のみならず、木造艦もラムがついているモノは敵艦隊に突っ込んだ。

 その結果はどうなったのか。
なんと、オーストリア艦隊は大破が1のみ。
(オ艦「カイゼル(非装甲艦)」が、イ艦「レ・ディ・ポルトガロ(装甲艦)」にラム突撃したときに船首が大破。)
ほとんど、無傷の大勝利といえるだろう。

では、イタリア艦隊はどうか。
元旗艦「レ・ディタリア」…ラム攻撃で撃沈。
現旗艦「アッフォンダトーレ」…被害甚大により沈没。
戦艦「パレストロ」…火災、火薬庫に引火。爆沈。
負傷40名 戦死620名。大敗北である。

 さて、これを見ていた各国では、ラム教信者が勢力を盛り返してきた。曰く「やはり、ラム攻撃は有効な攻撃手段である」と。
こうして、以後の戦艦建造の際にも、船首にラムが据え付けられることとなったのだった。(一番わかりやすいのは、モノポリーの船の形のコマを想像していただきたい。)
イタリアのヤッチマッタ海戦が、この後の世界の軍用船舶建造に大きな影響を与えてしまったのである。

 では、本当に装甲を施された船にラム攻撃は有効だったのだろうか。その答えはまもなく出ることになったのだ。次回「そ、そんなはずじゃ…」をお楽しみに♪

(続く)





おまけ

 普墺戦争のその後についてもお話ししておこう。

 イタリアという役立たずな『同盟国』を引き連れていたにもかかわらず、プロイセン王国はオーストリア=ハンガリー二重帝国に対して圧倒的な戦果を収めることが出来た。こうして、一つの戦争が終わり、講和条約が結ばれることになる。

 さて、プロイセン側が優勢のうちに戦争が終わったわけだから、当然プロイセンに有利な講和条約が結ばれるだろうことは予想されていた。ところが、(あえて何度も言おう!)役に立たない「同盟国」であったイタリアが突如として思いもかけない要求をしてくるのだった。

 「我がイタリアは『戦勝国』である。さすれば、我らにもご褒美があっていいはずだ。オーストリアの領土である南チロル地方も、もともとは我が領土、"未回収のイタリア"である。ぜひ我が国に割譲していただこう!」

 この時点で、イタリアは本来のご褒美であるヴェネツィアをすでに領土として獲得していた。ところが、(あえて何度も言おう!)役に立たない「同盟国」であったイタリアが、更に分け前をヨコセといってきたのである。

「いや…おまえさぁ、結局この戦争でなにやったっけ?」
そもそも、この勝利だってプロイセンが孤軍奮闘したおかげなわけで。
プロイセン側代表団は驚愕。

オーストリア側はぶち切れまくり。
「…この私を本気で怒らせたいようだね…ククク…
 敗れたりとはいえ、イタリア一国くらいなら…ククク まだ片手でひねりつぶせるんだよ…アンタ、試してみるかい?」
すぐにイタリア国境に残存部隊を展開させ、一触即発の事態になったんだ。

 結局、イタリアが要求を撤回し事なきを得たんだけど…やっぱしよくわからん国だわw
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Comment

2007.07.15 Sun 20:47  |  

初書き込みです、いつも楽しく読ませて頂いております。

ガリバルディ率いるイタリア軍はチロルでそこそこ勝ってるから、全くの役立たずでも・・・・あんまり役には立ってないか。
ヴェネツィア人なので、オーストリア帝国海軍と共和国海軍の繋がりもリクエストしたいなー。

  • #JalddpaA
  • ゲンクール@Zephyros
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  • Edit

2007.08.03 Fri 17:16  |  ゲンクールさん>

ぎゃぁああああああああああああああああ
ゴメンナサイ!!

せっかくコメントいただいていたのに、お返事がこんなに遅くなっちゃって!!!!
ホントゴメンナサイ!ゴメンナサイ!ゴメンナサイっ!!
これに懲りずにまた遊びに来て下さいね。

ガリバルディのおっちゃんは、結構がんばってたよネェ。
でも「アルプス猟兵団」はあくまで義勇軍集団で、国軍という立場からみるとやっぱりイタリア軍はプロイセンの足を引っ張り続けたと思うんだなぁ。とはいえ、この記事の中でも言ったけど、別に戦争強いからって威張れるようなことじゃないし、弱くても幸せに暮らせるならそれでいい気がしますけどねw

そんな貴方にご紹介するのは、イタリア海軍ホームページ。
http://www.marina.difesa.it/
なんかジェノバでやった、帆船アメリゴ・ベスプッチ号の親善大使イベント(?)の様子も出てますよ。ちょっとかっちょいいなぁ

  • #-
  • Lucrezia Rosso (管理人)
  • URL

2007.08.05 Sun 15:04  |  

お返事頂けて有難いですよー。

ビスマルクさんはそもそもオーストリアに完全勝利する気は無かったとかで(プロイセンの本当の敵はフランス)、イタリアが大きく勝っちゃうと「旧ヴェネツィア共和国領は全部返せ」とか言い出しかねない(ホントに一次大戦後に言っちゃった)ので、勝ったら逆に足引っ張りになってたりするのがヨーロッパ外交の難しいトコロですよね。

イタリア海軍のサイトはリッサ海戦について控えめだけどちゃんと載せてるのがいいですねぇ。
やっぱり帆船はいいなぁ

  • #JalddpaA
  • ゲンクール@Zephyros
  • URL
  • Edit

2007.08.06 Mon 18:07  |   ゲンクールさん>

なにしろ、長年にわたって狭い地域で国土争いをやっていたわけだから、いろいろ積もり積もった因縁もあったり。それに、王家も血縁関係が入り組んでいるなどなど。
「かつての領土を返せ!」といわれても、「で、結局いつの時代の領土さ?」ということになるのかもしれませんね。
日本みたいに、海で物理的にばっさりと断たれている国は地政学的にも楽なんでしょうがw

  • #-
  • Lucrezia Rosso(管理人)
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