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ちょっと気になる作品 -1- (後編)

久しぶりに、大海戦に出まして。

ええ、日曜の小・中クラスに。

そうしたら、爵位がきましたよ!


20070529183350.jpeg






えっと、あんな成績で爵位いただいて申し訳ない!!!!!w



 続きは、テルモピュレの戦い。いよいよ、レオニダス王の出番だ!!
 『熱い門』という意味の、テルモピュレ。
名前の由来となったように、温泉や間欠泉が点在するこの地が防衛拠点に選ばれたのには訳があります。

現在では、土砂が堆積し幅数キロメートルになっっていますが、西暦前5世紀当時には、幅がわずか15mしかない海岸平原でした。つまり、ここさえ押さえておけば、大軍にも寡兵で対抗できるというわけ。

 西暦前480年 8月上旬に到着したペルシャ軍は、テルモピュレの山肌にへばりつくようにして布陣するギリシャ軍を発見します。こちらの兵力は歩兵部隊20万、騎兵部隊1万人。それに対して、ギリシャ軍はたったの5000人。誰がどう見ても勝負にならない…クセルクセス王もそう考えたのです。

「コイツは楽勝。ていうか、こちらの大軍を見れば、ギリシャの連中も蜘蛛の子を散らすごとく逃げ去るだろうさ」。
クセルクセスの予想は、大いに外れます。2日、3日とたっても、ギリシャ軍は撤退しません。
そりゃ、そうだ。ギリシャ軍としては、狭い場所に立てこもって、援軍を待っている身。積極的な攻勢に出ず、「負けない戦い」に徹することにこそが唯一の勝機。


 5日目になって、無駄に日数を浪費する事の愚に気がついたクセルクセスは、麾下の部隊に攻撃開始を命じます。ところが、これが思いの外の痛手を負って撤退することに。

 日があけて、2日目の戦闘。
最前線に出てきたのは、太守ヒダルネス配下の精鋭軍団「不滅部隊」でした。今まで、数々の強敵を打ち破ってきた最強部隊。とはいえ、この「不滅部隊」をもってしても、テルモピュレの防御陣営を打ち破ることかなわず。

 怒り心頭の、クセルクセス陛下。そろそろ、首筋のあたりが寒くなってきた臣下たち。

 ところが、ペルシャ人たちにとっての救いの神は、思わぬ形で現れました。ギリシャ人にとっては、『悪夢』という名をもって…。


 その夜、ペルシャ軍の陣営を、エフィアルテース-ギリシャ語では『悪夢』-という一人の農民が密かに訪れます。彼は、言いました。

「ギリシャ軍を裏切って、あなた方に抜け道を教えたら、何をくれますか?」

実は、テルモピュレの山側には、地元民しか知らない山道があり、そこを抜ければギリシャ軍の背後に出ることが出来たのです。エフィアルテースの案内の元に、「不滅部隊」は山道を走り抜け、翌朝にはギリシャ軍の背後に回り込むことに成功したのでした。

 翌朝、ギリシャ軍は、自分たちが挟撃されたことに気がつきます。寡兵で、二正面作戦に耐えることは不可能。もう、ペルシャ軍の猛攻を支えることは不可能でしょう。決断の時でした。

 「徹底抗戦」を唱える、スパルタ・レオニダス王に対して、ギリシャ各都市の司令官たちは告げます。

「これ以上の抗戦は無意味。
我々は、母都市防衛のために撤退する」


結局ギリシャ連合軍のうち、スパルタ300人テーバイ500人テスピア1000人のみがこの地に残り、それ以外の兵は撤退します。

 そして、最後の戦闘が開始されました。
残ったギリシャ軍の抵抗は激しく、ペルシャ軍は大きな損害を出してゆきます。もっとも、狭い地点に大軍が流れ込んだため、崖から海に落ちるもの、味方に踏みつけられて死んだ兵士の数も多かったことでしょう。

 特に、『強兵』と恐れられたスパルタ兵の抵抗は激しく、彼らは『長槍を振るい、槍が折れれば剣を振るい、剣が折れれば敵兵に噛みついて』死守したと伝えられています。
レオニダス王を含めた、スパルタ兵部隊は玉砕。
残ったその他の都市の兵も、戦死するか降伏。
テルモピュレは、ついにペルシャ軍の手に落ちたのです。ヘロドトス先生によると、ペルシャ軍の損害は2万人以上になったとか。きっと、その抵抗はペルシャ兵を心胆寒からしめたに違いありません。


 では、テルモピュレの戦いは、ペルシャ戦争全体に大きな影響を与えたのでしょうか。酷な言い方をすれば、それはあまり意味を持たない戦いだったのです。

 いくらペルシャ軍の損害が2万人を超えたとはいえ、総兵力200万のうちの2万 わずか1%にすぎず、あくまで「思わぬ損害をうけた」だけのこと。無傷のペルシャ軍の部隊は、そのまま南下を続けます。目標は、ギリシャ連合の中心都市国家であるアテナイ。

 アテナイでは、ギリシャ連合艦隊が市民の避難・輸送を始めていました。主な避難先は、沖合のサラミス島。とはいえ、財産の持ち出しやかかる費用は個人負担であったこと、また避難できる人数には限りがあったため、この避難は主に金持ちの市民が対象だったのではないかと考えられています。

 では、それ以外の住民はどうしたのか?
彼らの多くは、アクロポリス(今の、パルテノン神殿があるところ)に避難します。この地は、アテナイの聖域ともいえる場所でしたし、デルフォイのご神託『木の壁』が、この場所ではないかと考えた人も多かったようです。
大変残念なことに、この予想は外れることになりました。
大挙して押し寄せたペルシャ軍は、アクロポリスを陥落させ、アテナイの都市を火で焼き払います。アクロポリスに立てこもっていた人々は全滅しました。


 アテナイ陥落は、ギリシャ連合軍の士気を大いに下げます。「コリントス海峡まで退却し、そこで体勢を立て直そう」という意見も出るほど、負けムードが漂う中にあっても、アテナイのテミストクレスは落ち着いていました。実は、テミストクレスは、ペルシャのクセルクセス王に密使を送っていたのです。

「ギリシャはもう負けです。わたしは、ペルシャに下ることにします。そこで、手みやげ代わりに、ギリシャ軍の情報を差し上げましょう。ギリシャ軍の艦隊は、サラミス沖に布陣しており、今が殲滅のチャンス。どうか陛下の艦隊全艦をもって、一気に攻撃を!
なお、勝利の際には私の働きをお忘れなく。」


 "裏切り"に喜んだクセルクセスは、艦隊にサラミス沖を包囲し、突入するよう命じます。ペルシャ艦隊の中核は、海洋国家フェニキアの誇る戦艦隊300隻。その他の船も、ギリシャ艦隊より大きく、それでいて動きやすい手練れの艦隊だったのです。勝利を確信した王は、近くの山頂に王座を据えて、勝利の瞬間を見物することにしました。

 ところが、この"裏切り"こそが、テミストクレスの仕掛けた罠だったのです。彼の考えでは、このサラミスこそが、ペルシャ艦隊を殲滅する最高の舞台でした。

サラミス沖


 実は、このサラミス水道(サラミス島とアッテイカ海岸の間)は、入り口は広いのですが、中に入れば入るほど非常に狭くなり、艦隊の航行には非常に不向きな場所でした。罠にはまったペルシャ艦隊は、右往左往、混乱状態に陥ります。その隙を突いて、ギリシャ艦隊が突入。最新鋭戦艦・三段櫂船が、縦横無尽に走りまわり、敵艦隊に痛烈な打撃を加えていきます。山の上から勝利を確信し、観戦していたクセルクセス王は、自分の艦隊がなすすべもなく壊滅していくのを見守るしかありませんでした。アッテイカの海岸には、ペルシャ兵の死体や破損した船の部材が、山のように漂着したと言われています。

気落ちしたクセルクセスは、一時撤退することに決めて、生き残った艦隊をまとめて帰国しました。もちろん、ギリシャ攻略を完全にあきらめたわけではなく、遠征軍の指揮は義理の弟のマルドニオス将軍に預けてではありましたが。

 なにはともあれ、ギリシャはペルシャ侵攻の危機からひとまず抜け出すことが出来たのです。


 では最後に、その後の話をいたしましょう。

 西暦前479年8月。
残存するペルシャ遠征軍とギリシャ軍はプラタイアイで激突。マルドニオス将軍戦死。 
ミュカレにいたペルシャ艦隊も、ギリシャ連合艦隊の攻撃にあって壊滅。こうして、ペルシャ軍はギリシャへの侵攻計画を完全に放棄します。

クセルクセス王はといえば、その後は軍事活動には興味を示さず、ハーレムでの生活に入り浸りになり、その後は、家臣に暗殺されてしまったと言われています。盛者必衰…何ともせつないことですな。

 盛者必衰といえば、ペルシャ戦争の立役者であったテミストクレスはどうなったのでしょうか。実は、彼も数奇な運命をたどることになります。
政敵に反逆罪や内通の罪に問われたテミストクレスは、陶片追放によりアテナイを追われます。彼が亡命先に選んだのは、かつての敵国ペルシャでした。

 かつて、テルモピュレには、スパルタ兵とレオニダス王の奮戦を称えてギリシャ人たちによって建てられた記念碑があったと伝えられています。その碑には、次のように刻まれていました。

「旅人よ、スパルタの人に伝えよ。
『我等はかのことばに従い、この地に眠る』と」


悲劇の追悼クエより




おしまい。

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