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10分で分かる『南米の基礎知識!』3

昨日やったこと。
 決闘(地デジの新しいTVと、リモコン権をかけて!)。
 バブル時のマンションみたいな相場のアパルトメンを購入。
 ほんとイケズな勅命クエ(ていうか、地中海出るだけでイヤになるんじゃぁあ!)
以上のSSは こちらから見れますw
 Do it's こらぼれーしょん


↓で、今日の基礎知識は近い将来(?)実装されるであろうインカについて!
ライザ引退記念?

ラテンアメリカの基礎知識?


 前回のコラムでは、アステカを含むメソアメリカ地方に目を向けたわけですが、今度はもう少し南を見てみましょう。

 アンデス西山系、および東山系と呼ばれる標高5000mに及び山々、そしてその狭間に広がる標高4000m地帯のプーナ(高原)を含めた『シエラ(山岳)』地方。
 シエラと太平洋に挟まれた、非常に狭い『コスタ(海岸)』と呼ばれる地方。コスタはそのほとんどが沙漠であり、わずかな部分のみがアンデスから流れ出た川によって潤う地域です。
 シエラの反対側には『セルバ(密林)』とよばれるジャングルが広がっており、動植物の宝庫として今でも知られています。

 このわずかな幅に、種々の自然環境と文化を特色とした南米、現在のチリをふくむアンデス山脈にそって支配を行っていたのはインカ王国でした。
インカ王国

 インカという語は、王国の最高権力者を意味します。しかし、スペイン人達がこの王国と部族をインカと呼んだため、インカ王国として知られるようになりました。

 インカ王国の首都は、海抜3400mという非常に高い場所にあります。その都市の名前はクスコ。王国は広大な領土を支配するために、全長3万kmにおよぶ大道路網を整備します。
現在のエクアドル・キトまでおよぶ、北へ向かう道は『チンチャイスーユ』。
西へ向かう道路は『クンティスーユ』。
アンデス山脈を越えアマゾンへと向かう東の道は『アンティスーユ』。
そして、チリへと向かう『コリャスーユ』。
この4つの道『タワンティンスーユ』によって、王国の支配が確立されていたといっても過言ではないでしょう。
 古代ローマが軍隊の移動のために道路を整備したのと同じように、インカにおいてもこの道路は、軍隊を即座に移動できるよう、平らに最短距離で結ばれていました。各所には『タンボ(宿場)』が設けられており、『チャスキ』とよばれる伝令達が待機していました。彼らは、1日に140km~250kmという凄まじい速度で情報を伝えていたと言われています。しかし、インカでは文字が使われていませんでした。どのようにして情報を伝えることが出来たのでしょうか。

 インカでは情報は口伝え、つまり口答によって伝達されていたようです。しかし、複雑な数や複雑な情報を頭の中で記憶するのには限界があります。その際、記憶や記録の補助手段として用いられたのが『キープ』と呼ばれた毛製の紐でした。この紐の結び目や色によって多くの情報が蓄積されていたのです。

インカの宗教

 インカは他の地方を征服するとその地に、太陽の神殿を建設しました。代々のインカ(国王)は「太陽の息子」であると信じられていたからです。
 もう一つ建設されたのが、『アクリャ・ワシ』と呼ばれる施設です。アクリャは「インカ王・太陽・月・雷に仕える女性」を意味しますから、この施設はインカ王や太陽神に仕える巫女の館であったようです。ここで彼女たちは『クンビ』とよばれる貴人達の衣装を織ったり、トウモロコシから作られるチチャ酒を造ったりしていました。

 インカは多神教の民族でしたから、被征服地の神々も自分たちの中に収めていきます。もっともそれは、偉大なる太陽神の威光に屈服させた後にではありましたが。
アンデスの神々は『ワカ』と呼ばれています。それは、太陽や星といった天体であったり、死んだ祖先であったり、石や植物といったものに宿るものとされていました。

もし、征服された地方の人々がインカ王国に反逆を試みない限り、その地方で信仰されていた神々『ワカ』は、王都であるクスコで厚く遇されることになります。
しかしひとたび反逆をおこした地方の『ワカ』は、打ち叩かれ完膚無きまでに破壊されることになっていました。


 このインカにも、キリスト教が到来します。
イスパニアのコンキスタドール(征服者)、フランシスコ・ピサロはインカの王アタワルパを処刑、この地を征服します。
キリスト教に改宗させられた人々は、それでも父祖伝来の習慣を継承します。例えば『コノパ』とよばれる小石の崇拝があります。コノパはもともと守護や豊穣を祈る家の守り神でした。しかし、かれらはこれをカトリックの聖人の像と一緒にして崇拝を行ったのです。

イスパニアへの金・銀の流入

 アンデス地方が征服されると、非常に多くの財宝がコンキスタドール達の手元に入ってきました。例えば、イスパニア国王との約束で財宝の1/5を支払うことになっていたピサロは4隻の船に財宝をのせて本国へと送り出します。金70万8580ペソ、銀4万9008マルコの財宝がセビリアに届けられました。これは金の重さだけでも3㌧以上にあたります。これらの財宝は一旦溶かされて金貨に作り直されました。

 その後も帰国したコンキスタドール達も、財宝を丸儲けというわけにはいきませんでした。
インディアス商務館という役所がこの業務を管轄しており、非常に安い利子で国王に貸し付けられる「公債」を購入することを強制させられたのです。
 彼らのように新大陸の征服行に参加して財宝を手に入れた人々のことを、『ペルレーロ(ペルー成金)』といいます。

◆おさらいしてみましょう◆
(1548年 派土場大学付属高校 入試問題)


第一問:インカ王国についての次の記述のうち、正しいものを選べ。
    a,インカには、数々の文学作品が残されている。
    b,インカでは文字は使われなかったが『キープ』とよばれる紐が暗記の助けとして使われた。
    c,インカ王国は国土の全域に『チャスキ』と呼ばれる伝令騎馬隊を整備した。

第二問:以下の文章を読み、誤っている文はどれか答えよ。
「インカでは(a)国王は太陽の息子であると考えられていたが、他の地方ではそうではなかった。ゆえに彼らは、他の部族を征服するために戦闘を行い、それによって非常に強力な軍事力を手にすることになったのである。(b)アンデスの人々が信仰していた神々は『ワカ』と呼ばれているが、インカは被征服国の『ワカ』も自分たちの中に取り入れていった。後にこの『ワカ信仰』は遠く海を渡った日本にも渡り、(c)『こんにちわか』や『こんばんわか』といった日々の生活の中にも現れている
(ルクレッツァ・ロッソ著 「ラテンアメリカと関東ローム層」より)
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2006.09.06 Wed 14:40  |  しょや、近いしょ

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