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数奇な運命をたどった航海者たち(5)

 インドに行くときは基本的に、カリカット付近で落ちることにして、早朝の赤い人が居ない時間に入港・出港することにしています。これが私のPK対策!(たぶん

 で、今日もいつものようにインしようとしましたら…繋がらないわけですよ奥さんっ!!

あれ?
おかしぃなぁ…拡張パックスケジュール関係のメンテかしらん?

!

なんだってぇぇぇぇ!!


…ということで、ルクレ嬢はディヴに足止めです…
…ショボン

この時期に接続障害って…大丈夫かしらん??
 KOEI先生のおかげで朝の時間が空きましたので、ブログを書くことにします><
(1)ウィリアム・アダムスの人生 Ⅴ

c.イエズス会の典礼論争



典礼論争(てんれいろんそう)とは…

17世紀から18世紀のカトリック教会内で、中国の伝統文化(典礼)とキリスト教の間のバランスをどのように取るかという問題を巡って行われた一連の論争のこと。
(出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)


 異文化同士のコミュニケーションは、現代でも非常に難しい問題の一つとされています。それが宗教教理の問題であればなおさらそう言えるでしょう。相手が今まで考えたこともなかったことを、相手が理解できる方法で説明するのは非常に難しいことです。(現に、日本でもキリスト教が伝わってきた頃は『キリスト=釈迦』と教えられていたそうな…)

 イエズス会の宣教師達は、中国での布教の際に相手と同化する方針をとってきました。中国人と同じ服を着て、同じものを食べ、同じスタイルで生活したのです。それゆえに、中国の宮廷を含め多くの信者を獲得することが出来ました。先に述べたマッテーオ・リッチのように役人になった人もいます。また、皇帝の宮廷画家になったジュゼッペ・カスティリオーネ(郎世寧)という宣教師もおりました。

 日本も含めアジアの各地では、宗教が普段の生活に密接に結びついています。特に日本の神道のように『八百万(やおよろず)の神々』を信じている多神教の国においては、もともとなんの宗教に基づいた行事だか分からないようなものが慣行として行われていました。例えば、先祖の霊に犠牲を捧げたり、線香を上げたりする事(お墓参りとか)などは、仏教や儒教・道教の宗教儀式というよりも生活の中の一つの習慣として長年行われてきました。
それら幾百年も行われてきた行事は宗教儀式なのでしょうか。それとも単なる生活習慣の違いに過ぎないのでしょうか。
これが、この論争の争点でした。
 一神教のキリスト教において、いわゆる『偶像崇拝』は非とされています。
この教理に基づけば、先祖の霊に祈りを捧げる先祖崇拝は異教の儀式となり、キリスト教に改宗した人はやめなければなりませんね。

 しかし、中国に最初にやって来たイエズス会の宣教師は「柔軟な見方」をすることにしました。曰く、彼らは先祖崇拝を行っているのではない。単に儀式として行ってるのに過ぎないのだ、と。儒教に関しても、あれは哲学の一種でギリシャ哲学みたいなもんさ、と考えることにしました。

(分かり易い例を挙げましょう。日本では夏祭りの盆踊りや、秋祭りが今でも行われています。あれはもともと先祖の霊を慰める仏教の慣行や、収穫を神様に感謝する神道の儀式でした。でも日本人にとっては単なる行事であって、あれが『宗教行為』だとは思わないでしょ?
たぶん、そんなようなことです。)


中国の人々、特に宮廷の知識人たちからすれば「キリスト教っていっても自分たちと違いが大したないんだなぁ。なんだよ、話せる奴らじゃないか」となり、非常に友好的に受け止められ信者の数も増えていったわけです。

 ところがです。17世紀の中頃になると、ドミニコ会やフランシスコ会といった他の会派の宣教師達がやって来ました。彼らは、当地の"キリスト教徒"を見て驚きました。だって、明らかに異教徒なんですもんw
彼らは言います、「いやいや。それって異教の儀式だから、即刻やめなさい!」
でも中国の人たちからすれば、これでイイって教えられてきたわけですから「こいつらなにいってんの?」ですよね。まぁ、こういったトラブルやその他諸々ありまして、彼らは国外から追放されてしまいます。もっとも彼らの有色人種蔑視の態度も原因の一つなのですが(*2)。
イエズス会の成長をねたましく思う気持ちもあったのでしょう。追放されて憤懣やる方ない彼らは、ローマ教皇に訴えます。で、ローマ教皇の裁定はアウト。

 その後もアジアとヨーロッパで揉め続けていたのですが、1773年になってイエズス会自体が潰されてしまいました。まぁ、これはこの時代よりも先の話なので今は割愛しましょう。
 で、長々と書いてきたわけですが要点として覚えておいていただきたいのは、

1.プロテスタントが大ッキライ、ていうかぶっ潰す!!
2.イエズス会の宣教方式ってのは、トップを転ばせて領民もいただく方式。
  故に権力に近い場所にいる事が多い。
3.そのためには物もあげるし、必要なら武力も提供する


ってことですね。

 そんなイエズス会の勢力の強い日本に、アダムス達は流れ着いてしまったわけです。
(続き)


***脚注***

*1:
偶像崇拝とは、神像や人間、超常的な自然構造物などの偶像を崇拝する行為のこと。ようは神様以外崇拝しちゃダメ、っていうこと。
(じゃ、マリア像とか十字架はどうなるのかって疑問が当然でてくると思いますが、そこら辺は教理解釈の違いということでなんともかんとも。)


*2:
当時のヨーロッパ人の他民族蔑視の傾向は、我々から見れば胸の悪くなるほどです。(まぁ、あちらに行けば分かりますが、有色人種蔑視の傾向は今でも根強いところがありますけどねぇ…あぁ、思い出しちゃった><)

例えば、16世紀にラテンアメリカのスペイン副王だったイデオローグはこう書き記しています。
「スペイン人は美しい娘である。一方、インディオ達は醜女(しこめ)である。なぜなら醜くて、粗野で、愚鈍かつ無能、さらには不潔であるからだ。この婿の来てのない女に夫であるキリスト教を与えるために、神様は持参金を授けたのだ。それがアンデスに眠る金や銀なのである。この金や銀があってこそ、愚かで醜い女はスペイン人=キリスト教を引きつけることが出来るのだ。」
(中央公論社発行:世界の歴史18 「ラテンアメリカ文明の興亡」から抜粋)
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Comment

2006.08.25 Fri 07:45  |  

書き終わった途端、接続可能に!
プチッ(何かが切れる音

  • #-
  • Lucrezia Rosso(管理人)
  • URL

2006.08.25 Fri 09:37  |  

ブログを書け!というコーエイ神からのお告げだよきっとw

  • #JalddpaA
  • ロンゲ
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