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数奇な運命をたどった航海者たち(3)

 すみません、イキナリ本編です。

 大航海時代、世界各地では宣教師による改宗活動が行われていました。その中でも大きな勢力を誇っていたのは、イエズス会とフランシスコ会だったのです。特にイエズス会の改宗活動は、後の植民地支配に大きな影響を与えました。

 では、イエズス会というのはどのような集団だったのでしょうか。

(今日のも、ちょっと長い><)
(1)ウィリアム・アダムスの人生 Ⅲ


a.イエズス会の誕生


Ad Maiorem Dei Gloriam.
(神の更なる栄光のために)
-Ignacio López de Loyola(イエズス隊創設者)-

 「闘う教会」、「教皇の精鋭部隊」、「植民地主義の先兵」、「聖職者にして政治家」。
 このような形容詞で呼ばれることもあるイエズス会は、対抗改革が始まろうとしていた1534年に創設されました(教皇の回勅による正式な承認は1540年9月27日)。
イエズス会はその誕生から、カトリックの中でも保守的な役割を担っていたのです。それは教皇勅書のタイトル『レジミニ・ミリタンティス(Regimini Militantis)』からも明らかでした。これは訳すと『(十字架の旗の下に)闘う教会が支配するために』となります。

彼らは次の二つの目的を存在意義として、自らに課していました。

 1.当時、各地に伝染しつつあった"異端者"、プロテスタント勢力に対する盾となること。
 2.未だキリストの福音が伝えられていない地への宣教布教活動

 こうして、現在でもカトリック教会の中で第二位の位置を占める巨大な宣教修道会が誕生したのです。
 イエズス会の特徴の一つに、教会への絶対服従があげられます。
創設者のロヨラ自身、こう述べています。
「自分にとって黒に見えても、カトリック教会が白であると宣言するならそれを信じよう。」フランシスコ・ザビエルもこう述べています。
「私は聖なる教会が禁ずるならば、福音書を信ずることさえしない。」
『まるで軍隊のような従順』、後にこう形容される教皇とイエズス会総長に対する絶対の忠誠も組織を発展させる原動力となったのです。

 もう一つの特徴は、彼らの柔軟さでした。
その基盤となったのは、先に述べたロヨラの言葉『神の更なる栄光のために』だったのです。彼の言わんとしていたのは「神の栄光のためになるならば、どんな活動でも行うべきである」ということでした。後に彼はこう語っています。「(救える)魂を見いだしたならどこであっても、用いることのできるどんな手段をもってしてもその魂のために闘え。」

 たしかに彼らが勢力を浸透させていった方法は、当時の宗教界から見ればユニークと言えるものだったでしょう。彼らは「高等教育」と「告解」を両手の武器として駆使していきます。

「高等教育」という主武器

 1556年に創設者のロヨラが亡くなったとき、イエズス会は全部で74の大学を運営していたと言われています。しかし大学をつくってなんの益があるのでしょうか。

 その前年1555年、ルター勢力とカトリック側の"和解"である『アウグスブルクの和議』以後、この布石は大きな影響力を持ってきます。この和議において定められたのは、一言で言えば『クイウス レギオ エイウス レリギオ』。訳すと『人民は君主の宗教を信仰しなければならない』というものです。つまり、領民一人一人を転向させるより領主一人を転がせば、あたかもオセロのようにその地域を自勢力に取り込むことが出来るというものでした。

当時の大学は、政治家や役人を育てる機関の役割を果たしていましたから、ここを押さえれば将来ヨーロッパ各国の支配者層をイエズス会の勢力におくことが可能になり、彼らが実権を握ればその国の宗教自体を左右することが容易に出来たのです。そして、彼らはプロテスタント勢力を押さえ込み、封じ込める有効な手段ともなりました。
『告解』というサイドアームズ

 イエズス会で高等教育を受けた人々が新たに確保した"職場"は、『専属聴罪司祭』という立場でした。彼らは、現在の弁護士のように君主の悩みをきいたり、助言を与えたりしていくうちに親密な関係を築くことに成功します。

 ルイ14世の時代になると、プロテスタント教徒(ユグノー)に一定の自由を与えていた『ナントの勅令』の廃止に成功。これは後にフランスにおけるユグノー迫害の引き金となりますが、これもイエズス会の聴罪司祭の説得によるものでした。

しかし、なぜここまでイエズス会の勢力が広まったのでしょうか。その一つは、彼らイエズス会の聴罪司祭が、道徳的なことであまりうるさく言わないということで支配者層の人気を買っていたという点が上げられるでしょう。例えばフランス国王ルイ15世の元についた司祭は、王の愛人の存在を黙認し、「まぁ、あんまし目立たなければいいんじゃないですか? 国王の寝室と愛人の寝室に秘密の抜け穴をつくれば、誰にも見つからずにすみますよ」と助言したと伝えられています。

人間誰でも、悪いとは思っていてもやめれないことはありますよね。そんなとき、神様の代理人がうるさく言わないばかりか、「気にしなくてもいいですよ」とお墨付きをくださればどんなに心が楽になるか知れません。こうしたこともあってイエズス会の人気は、ヨーロッパの支配者階級の間で瞬く間に高まっていったのでした。

最も彼らにしてみれば、「プロテスタントという大きな存在を潰す神の栄光のためには、多少の悪事は大目に見てもかまわない」という事だったのかも知れませんが。
 瞬く間にヨーロッパの支配者階級をその勢力下に収め、プロテスタント勢力との戦いの最前線に絶ったイエズス会の活躍は凄まじいものでした。教皇グレゴリウス13世は「いままでのところ、異端者の撲滅のために神が形作られた手段の中で、あなた方(イエズス会)ほど強力なものはないだろう」と述べたほどです。

 イエズス会は次の目標である、海外への布教活動にその力を注いでいくことになりました。
(続く)

***脚注***


*1:ラテン語の名称は"Societas Iesu"。創設者のロヨラは「イエズス隊」と名付けていた。
  現在知られている「イエズス会」の名称は、プロテスタントがつけたものとされている。日本では「耶蘇会(やそかい)」として記述されることもある。
  なお、日本にキリスト教を伝えたとされるフランシスコ・ザビエルもイエズス会の宣教師であり、創設時のメンバーである。

*2:告解というのは、洗礼を受けた後に犯した罪を司祭に告白して、神の許しをお願いするというもの。カトリックでは義務だが、プロテスタントでは秘蹟にはなっていない。
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