スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

太陽と月と暦 ~第三夜~

 昨日は、セカンドの商会の方と歴史関係の話で盛り上がっておりました。
で、その方のサイトも読ませていただきまして。。。
許可をいただいていませんので、この場に書くのは遠慮しますが、とっても面白かった!
シャルルマーニュの伝承とか、あまり日本人には馴染みのないようなお話なども取り上げられておりまして。じっくりと読みふけってしまいましたよw

 さてさて、ロムルスがつくった「ロムルス暦」は、お百姓さんにとっても不人気!
「これではイカン!」と立ち上がったのが、ヌマ王でした。
今日は、そんなお話…
~第三夜 「ヌマが創りし暦とは」~

「ヌマは、暴力と戦争によって基礎を築いてきたローマに、
法と習慣による秩序を与えた」

-古代ローマの歴史家 リヴィウス (『ローマ史』から)
 さて、ローマの2代目の王様ヌマ・ポンピウスは暦の改定を行うことにします。
一年の日数は、月の満ち欠けから12ヶ月 355日と決められました。新たに加えられた月は、ヤヌス神にちなんだ1月"Jānuārius"(ヤーヌアーリウス)、「清める」という意味の2月"Februārius"(フェブルアーリウス)と名付けます。また、生じる誤差については、閏月にて対応することにしました。

こうして、「ヌマ暦」があらたなローマの暦になったのです。
しかし、この結果面白いことが生じてしまいました。

 例えば、大元がラテン語に繋がる英語では、12月のことを"December"といいますよね。これは訳せば「10番目の月」という意味。12番目の月なのに、なぜ10番目なのか?
それは、ヌマが当時の人々が混乱するのを防ぐのに、一年が3月スタートという習慣をそのままにしたため。ですから、この場合は「(3月から数えて)10番目の月」というのが、正しい意味になるわけです。本当に面倒だw

 とはいえ、この「ヌマ暦」は、その後650年間にわたってローマで使われる暦となるのでした。
しかし、B.C.E.45。ついにこの「ヌマ暦」も改正されることになります。
そう、「ユリウス暦」の導入です。

(続く)


◆おまけ◆

 ここで、ローマ暦の数え方を見てみよう。
当時は、今のように「4月1日」という言い方はしませんでした。月の中には、特別の名前を持つ3つの日のみ存在していたのです。
・カレンダエ(Kalendae):月の最初の日
   「宣言する」という意味のラテン語"calāre"から付けられた名前。
   その月が「小の月」なのか「大の月」なのかを知らせる日。
   これにより、以降の2つの日付も変わってくる。
   なお、今日の「カレンダー」という言葉は、この語に由来する。

・ノーナエ(Nōnae):月の5番目、もしくは7番目の日
   「(イードゥースから数えて)9日前」という意味。

・イードゥース(Īdūs):月の13番目、または15番目の日
   意味はよく分かっていない。

 たとえば、4月1日は「4月のカレンダエ」となり、4月4日は「4月のノーナエの前の日」と…って面倒くさいわ!!!!
ちなみに、「~の日の~日前」と逆算するのは、その日に市が開かれたからでした。準備を進めたり、楽しみに指折りつつ待っていたわけですな。

 余談ですが。
年号については、その年の執政官の名前を付けます。
じゃぁ、今日の日付(3/28)をローマ風に書くと、「コイズミ・ジュンイチロウの治めた年 4月のカレンダエの4日前」となるんでしょうかねぇw

Scrivano;
Lucrezia Rosso
スポンサーサイト

Comment

2006.03.28 Tue 12:31  |  ただコイズミさんだと

5年の政権でしたからねぇ。
あ、でも執政官も連続選出の時があったね。
その場合区別ってどうなるんだろね。

2006.03.28 Tue 13:03  |  管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

  • #

2006.03.28 Tue 15:21  |  リンクさん>

ほら、執政官って定員2人だから。正式には「~と~が執政官を務めた年」になるそうです。
じゃぁ、、「コイズミ・ジュンイチロウとイダイナル・イエスマン・タケベの治めた年 4月のカレンダエの4日前」ということでw
(治めてないけど)

ちなみに、ぐっと時代が進んでディオクレティアヌスの時代になると、「インディクティオ(会計年度)」という考え方が始まります。これは、15を1周期に「第1インディクティオ」とよんでいき、15までいくと、また1に戻るという考え方。日本でいえば「干支」みたいなもんでしょうか。
また、「A.D.(今でいうキリスト暦とは別物)」で通算していくという考え方もこのときからスタートします。

なお、当時のオリエントでは「~の治世の何年目」という言い方が一般的でした。でも、これも副王時代(共同統治)を含める国もあったり、昭和から平成の時みたいに1年の中で2回カウントされたりとか結構ややこしいことがあるのです><

  • #aeXHjovo
  • Lucrezia Rosso(管理人)
  • URL
  • Edit
(編集・削除用)
管理者にだけ表示を許可

Trackback

URL
http://popoloerrante.blog26.fc2.com/tb.php/156-cdb4b9c0
この記事にトラックバック(FC2Blog User)

FC2カウンター

プロフィール

ルクレッツァ・ロッソ

Author:ルクレッツァ・ロッソ


  • 管理者ページ


  • 映像資料室(FLASH倉庫)

    ◆Lucrezia Rosso

    所属商会記録:オトナの商会@アムスてるダム(現)
    アストレア@ヴェネツィア
    猫教団@セビリア
    世界の船窓から@マルセイユ
    たまごのしろ@ナポリ
    いらん子@セビリア

    ◆オペル・ベクトラ

    得意スキルは誤字&誤爆
     (両方 完スト達成!)


    リンクはフリーでございます。こんなブログですが、お気に召していただければ、是非ともお願いいたします。
    また、コメントを残してくださると中の人共々喜びますし、こちらからもビシッとリンクさせていただきます♪

    お約束

    このホームページに掲載している『大航海時代 Online』の画像は、『大航海時代 Online』公式サイトにおいて使用許諾が明示されているもの、もしくは『大航海時代 Online』の有効なアカウントをお持ちのユーザーのみに株式会社コーエーが使用許諾を行ったものです。

    (C)2005 KOEI Co., Ltd. All rights reserved.

    最近の記事

    カテゴリー

    ブログリスト

    BLOG PEOPLE

    ブログ検索

    リンク

    このブログをリンクに追加する

    全ての記事を表示する

    Copyright © ルクレッツァ・ロッソ
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。