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ビザンティン帝国の栄光の日々(1)


 前回のノルウェーシリーズを書いているときに、「次回はビザンティン帝国について書きまっしょい」と思ってた所、 めけ先生のところでやってるではあーりませんか。これが、虫の知らせか!(チガイマス

 しかし、若干の方向修正を加えながらも最初のテーマで行こうとする、なんて偉いんでしょう!(単に新しくテーマを考えるのが面倒なため)

 ということで、しばしの間、シリーズ「ビザンティン帝国の栄光の日々」をお楽しみくださいませ。
~はじめに~

 この国は、『ビザンティン帝国』や『ビザンツ帝国』とよく言われますが、当時の正式な国号は「ローマ帝国」でした。また、当時の人々は「ローマ人の国」と言う意味の『ローマニア』と自国をよんでいました。興味深いことに、現在では「ビザンティン」という言葉が、幾つかの言語では、陰謀や裏切り、秘密主義などを指す言葉として使われています。

 なぜ『ビザンティン帝国』などと呼ばれるようになったのでしょうか。
 英語では『ビザンティン(Byzantine)』、ドイツ語では『ビザンツ(Byzanz)』という名称は、当時の帝国の首都コンスタンティノポリスの旧名だった『ビュザンティオン(現在のイスタンブール旧市街区の先端)』に由来していると考えられています。

 では、どうしてこんなややこしい事になったのでしょうか。それは、あたかも「本家と元祖」で争う、田舎の土産物屋の商標登録のような争いだったのです。
そう呼んでいたのは、政治や宗教面で対立していた西欧諸国の側だったのですから。(*1)

 聖帝アウグストゥスから始まる広大なローマ帝国も、それからしばらくたつと、あちこちにガタが目立ち始めました。いや、広大すぎたゆえにガタがきたと言うべきか。

 その混乱を乗り切るために、西暦284年に皇帝ディオクレティアヌスはある決断を行います。それは、二人の正帝と二人の副帝による「帝国の四分割統治」というものでした。これ以後、ローマ帝国はその広大な版図を分割していく方向で、歴史の荒波を渡っていくことになります。

 その後、もともと西のローマ帝国の皇帝であったガイウス・フラウィウス・ウァレリウス・コンスタンティヌス(Gaius Flavius Valerius Constantinus:後にコンスタンティヌス大帝とも)が、帝国を再統一しますが、彼は首都をローマからビュザンティオンに遷都するのです。彼は、その都市を『ノヴァ・ローマ(新ローマ)』と名付けますが、人々は『コンスタンティノープル(コンスタンティヌスの町)』と呼ぶようになります。

 コンスタンティヌスは、ネロの時代から禁教とされていたキリスト教の禁令を解き、帝国の再建に取りかかりました。彼が発行した『ソリドゥス金貨(ノミマス)』(*2)は「中世のドル」と呼ばれ、後のビザンティン帝国(東ローマ帝国)においても国際通貨として、11世紀まで用いられることになります。

 しかし、彼の努力もむなしく、強大な「統一ローマ帝国の復活」は夢で終わりました。
 彼の死後、帝位を継いだテオドシウス1世(*3)が、その死去の際に二人の息子に領土を分け与えたからです。そう、「東ローマ帝国」と「西ローマ帝国」の誕生でした。
赤線でまっぷたつ!


(続く)
Scrivano;
Lucrezia Rosso


***脚注***

*1:「うちの方が、正当なローマ帝国だぜぇ」ということで、東ローマ帝国をあえてローマ帝国と呼ばずに『ビザンティン帝国』と呼んでいたらしい。いわゆる蔑称の一つとも考えられます。
 今回のコラムでも、正確には東ローマ帝国と述べた方が良いのでしょうが、分かり易くするためにあえて『ビザンティン帝国』という言葉を使います。ご了承ください。

*2:ちなみに英語の「ソルジャー(戦士、soldier)」という語は、「ソリドゥスのために戦う者」という意味から来ている。

*3:テオドシウス1世(Flavius Theodosius)
 キリスト教をローマ帝国の国教とする。その死の際に、ミラノを首都とする「西ローマ帝国」と、コンスタンティノープルを首都とする「東ローマ帝国」に分割した。
 両方ともローマ帝国という名称ではあっても、かつてのローマのようにローマ人による支配ではなかった。ゆえに、後にハプスブルグ家による『神聖ローマ帝国』(かつての西)は正式名称を『ドイツ国民の神聖ローマ帝国』といい、また東ローマ帝国も『キリスト教化したギリシャ人のローマ帝国』と述べた方が実情にあっているかもしれない。

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